第15話 そう言ったのは

 内野とは、何度かメッセージ上のやりとりを重ね、数日後、改めて会うことになった。

 最初のデート場所は、俺の自宅からは少し離れた、内野の家の最寄り駅近くにあるカフェだった。

 冷房の効いた店内で向かい合うと、内野は少し照れたように笑って言った。

「改めて付き合ったと思うと、なんかちょっと照れるね。でも嬉しいな」

「あ、うん。俺も……かな」

 内野の言葉に、ちゃんと返せていたかどうかは怪しい。

「翔太郎は、昨日何してたの?」

「えー、メッセージで送っただろ?適当に漫画読んでたよ。てか、急に呼び捨てにするじゃん」

「え、よくない?もうカップルなんだし。私、昨日は小説読んでたんだ。恋愛小説なんだけど、こうして自分の立場が変わると、ちょっと読み方も変わるよね」

 内野はどこか無邪気に楽しそうで、正直、その表情はすごく可愛かった。俺はそれに引っ張られるように笑った。

「恋愛小説はさすがに読んだことないな。でもそれと比べちゃうと、内野が理想とするような彼氏に、俺がなれるか……自信がないかも」

 その言葉を聞いた内野が、ハッと何か思い出したような顔をしたと思ったら、こちら側に移動してきて、そのまま俺の隣に座る。

 そして、「ちょっとこっち向いて」とスマホを構える。

「お付き合い記念に、一枚ね。はい、チーズ」

 俺の顔は、少し引きつってしまった。

「ねー、全然楽しそうじゃないんだけど!あと、私のことは内野じゃなくて、陽南って呼ぶこと!今はそれで充分だから」

 そういいながら、俺を見る内野の視線に、思わず顔が赤くなってしまう。

「わかったよ。うちの……あ、ひなみ、さん」

「なんでフルネーム言った?あと、さん付けも禁止だから!」

 内野のツッコミに、思わず吹き出してしまった。自分の心が、少しずつ緩んでいくのがわかる。

 願わくば、このまま誰にも知られずに、これくらいの楽しい関係が続けばいいと思った。



 翌日の昼過ぎ。ベット脇に放り投げていたスマホが震えた。

 通知はクラスのグループメッセージから。そのまま手に取って開くと、メッセージ欄には見覚えのある画像が投稿されていた。

 俺と内野が駅前で並んで歩いている写真。つい昨日にしたばかりの、デートの様子。

 それは、俺の微かな願いを、一瞬で壊すには充分なものだった。

『これって、ヒナと世良くんだよね?もしかして二人って』

 コメントがひとつ投稿されると、すぐに他のメンバーたちも反応し始めた。

『マジ?』『付き合ってんの?』『え、意外』『別に、お似合いじゃない?』

 冷やかしと驚きと、興味本位が混ざったメッセージが、画面越しに溢れてくる。

 すぐに対応策を考える。幸い、手を繋いでいるわけでも、密着しているわけでもない。この写真だけなら、たまたま会って、少し会話をしながら歩いてただけだと言い訳が立つ。

 急いで内野に、口裏合わせを頼むメッセージを打とうとした、そのときだった。

『うん、付き合ってるよ!』

 内野が、あっさりとグループに返信を打った。

 その一文が投稿された瞬間、俺の頭の中が真っ白になった。

「マジかよ!あいつ……やりやがった!」

 口の中がカラカラになり、足元がふらつく。俺はスマホを持ったまま、膝から床に倒れ込んだ。

 グループには、『おめでとう!』のスタンプや、内野を持ち上げるようなコメントが次々と流れていった。

 祝福というより、祭りに近い雰囲気だった。

 秘密って言葉の意味を、内野は本当にわかっていたのだろうか。それとも、最初からそんな約束は、あいつにとって、たいしたことじゃなかったのだろうか。



 その数時間後、俺のスマホに個別メッセージが届いた。治樹だった。

『お前、陽南と付き合ったのか?』

 たった一行。でも、その言葉の重さに、息が詰まる。俺は、どう返せばいいのかわからず、指が止まる。

 でも、俺の頭に浮かんだのは、治樹との告白前のやりとりだった。

『ああ、成り行きでそうなった。治樹がキャンプのとき、告白してスッキリしたって言ってたろ?俺が内野から告白されたのは、そのあとだったんだよ。でも前に言ったじゃん、もし向こうから告白されたら受けるって。そのもしが、現実になっちゃったというか』

 酷い自己弁護の羅列だった。でも、それ以外に言い訳が見つからなかった。

 少しの沈黙のあと、治樹からメッセージが返ってくる。

『確かにそう言ってたな!奇跡が起こっちゃったじゃん!なんかおごらなきゃいけないんだよな?とりあえず、おめでとう!』

 文字だけ見れば、明るくて、いつも通りのテンション。でも、なぜだろう。画面越しのその言葉が、冷たく響いた。

『ああ、そうだな。じゃあとりあえず、ハンバーガーでいいかな』

 少しラフな感じで返信を打つが、もう何を言っても無駄なことはわかっていた。

 既読にはなったけれど、それに対する治樹の返事は、もう来なかった。


 翌朝になっても、治樹からの返信はない。

 クラスのグループ内でも、あいつは何も言わなかった。

 俺は、スマホを伏せ、ベッドで仰向けになる。天井の白い光が、やけにまぶしかった。

 内野と付き合った。それ自体は、たぶん、俺にとって、ほんの一時の気の迷いだったはずだ。

 でもそれが、こんな形であっさりと露見してしまった今となっては、もう治樹との関係は戻らない気がした。

 わかってた。それでも、俺は自分を守る方を選んだ。

 だから、治樹にどう思われても仕方がない。これは、自業自得だ。

 カーテンの隙間から、ぼんやりとした夏の光が差し込んでいる。

 この夏が始まったとき、俺は少し浮かれていた。何かが、うまくいく気がしていた。

 これが、いつか良い選択だったと思える日が、来るのだろうか。

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