第54話 過去、八歳のとき2
というわけで一週間後の昼前どきのこと。
「それじゃあお兄様、行ってきますわ」
俺は、エルーグの誕生日パーティーに出席するため、父上が治める北の魔王領の領都であるラムゼシアへと旅立つアーシェを、城門前で見送っていた。
「ああ、頑張ってね。行ってらっしゃい」
「それではアーシェ様、転移いたしますね?」
「ええお願い」
「では参ります」
といっても移動にはラルバの転移魔法を使用しているので、移動は一瞬で済み。
「……ただいま戻りました」
アーシェたちの姿が掻き消えたその僅か十数秒後にはラルバだけが再び姿を現し。
「無事、メトレル城の門前までアーシェ様方を送り届けて参りました」
そうして領都ラムゼシアの領城メトレルの門前へと、無事に送り届けたことを報告してくれたので、旅立つという表現は少し大げに過ぎたかもしれないが。
「ご苦労さま」
とはいえ、今回の件を差配したに違いないラーステアの勢力圏へと出向くのだから、それぐらいの心持ちで送り出してしまうのも仕方のないことだった。
どうやら父上も完全にラーステアの差配を黙認しているようだし、尚更である!
というのも、おそらくは俺のお手並みを拝見とばかりに傍観を決め込んだか、あるいは元よりの放任主義から放置をしたのか、その理由は定かではないが。
ともかく父上が取り仕切っていれば、俺にも招待状が送られてきたはずだからだ。
なぜならば件の父上が、俺の実力を誤解し、加えてラーステアの油断を誘うために俺自身が幽閉を望んだと、更なる勘違い重ねているという事情はあれど。
ともあれ表向きは魔力適正欠陥の咎による幽閉とされ、決して勘当されたわけではない俺は、一応まだ魔王の系譜に連なっているという事実があるためだ。
つまりは、本来ならば俺もまたパーティーに招待されてしかるべき立場なのだが。
そこに来て招待状がなかったのだから、父上がラーステアの好き勝手にさせていることは明白であり、だからこそ俺はアーシェたちのことを心配していた。
ラーステアの目的はおそらく、俺を招待しないことで俺に立場を知らしめ、ついでに俺を慕っているアーシェにも嫌がらせをすることだと思われるからだ。
慕っている俺がないがしろにされればアーシェは嫌な気持ちになるし、そのうえまず間違いなくパーティーの会場でも、口さがないことを言われるだろう。
あるいは、ラーステアから見た俺たちは、魔力適正欠陥という瑕疵により幽閉の措置となった俺を前にして、アーシェまでもが巻き添えとなることを選び。
肉親の情から愚かにも自分から都落ちしてくれたと、ほくそ笑んでいたら……。
次は俺に悪感情を持つからと、メルニウスを含め多くの従者たちを粛清して戦力を減らし、その補充を戦力に乏しい現地から募っていたりと迷走して見え。
それこそ勝手に弱体化しているようなものなので、警戒を緩めているかもしれず。
そのため、単に俺と違い瑕疵の無いアーシェを招待しないわけにはいかなかったので、それでアーシェにだけ招待状を送ったという可能性もなくはないが。
それはちょっと楽観的な考え方であり、また仮にそうだとしても、それこそ逆にラーステアが厳命でもしない限りは、口さがない連中が現れるに違いなく。
楽観的な予想が当たり、ラーステア本人は意欲的ではなかったとしても、かといって厳命する理由などもないので、程度はどうあれ悪意には晒されるだろう。
これはラルバを始めとした皆の共通見解でもあり、だからこそ心配なのである。
「ちゃんと我慢してくれるといいけど……」
俺を貶められたとき、我慢できず騒動を起こしたりしないかと、不安が拭えない。
「纏めて粛清するため、一年以上も我慢した実績がありますし、問題はないかと」
いやまあ、ラルバの言うように確かな実績もあったので、信じるしかないのだが。
「うーん。やっぱりクラッドについて行ってもらったほうがよかったかもしれない」
されどアーシェのことは信じたとしても、まだレイテという心配の種もあるのだ。
「評価していただき光栄ですが。あれでレイテも騎士なれば、命じられた以上は軽挙に走ることなく任を全うしてみせるかと。どうか信じてやってください」
そう。こうして太鼓判を押したクラッドがここに残っていることからもわかる通り、今回アーシェに帯同することが決まったのは、レイテだったのである。
というのもレイテ本人が、せっかくの機会だから久しぶりに両親に会いたいと言って嬉々として立候補し、一方のクラッドも特に異論はないと譲ったからだ。
俺としては、そのときもレイテで大丈夫だろうかと、そう密かに思ったのだが。
ただ、父親のような立派な
あるいは予行演習にもなるからと、本人が望むならと了承することを選んだのだ。
「酸っぱく言い含めましたし、最悪はリーエかエレメア様が止めてくれるでしょう」
結果アーシェは、今しがたラルバがストッパー役として名前を挙げたリーエとエレメアの二人に、レイテを加えた三人を引き連れて旅立って行ったのであるが。
「まあ。今さら考えても仕方がないし、信じて待つしかないか」
なんにせよ、最早賽は投げられてしまったので、信じて一週間を待つ他にない。
「それじゃあサレア、一週間よろしくね」
そうなのだ。予定通り一時的にリーエと立場を入れ替え、俺の専属メイドとなっているサレアに言ったように、アーシェたちは一週間は帰って来ないのである。
「畏まりました」
というのも、パーティーの招待状に遅れて、母方の実家であるアレメス家からも連絡が届き、この機会にしばらく泊っていけと、帰省を要請されていたからだ。
嫌っている父上に似たうえに魔力適正欠陥の俺とは別に、母親似のアーシェのことは気に入っているアレメス家は、前からアーシェを懐柔する機会を狙っており。
今回の領都ラムゼシア入りを好機と捉え、手を打ってきたというわけである。
おかげでアーシェは、より気乗りがしない様子を見せていたが、かといってラムゼシアに出向くのに、その都心部にある実家に呼ばれて行かないわけにもいかず。
それでも最初に提示されていた一か月を一週間までは縮め、されども本来ならばパーティーに出て即日の内に帰ってくる予定が、大きく伸びる羽目になっていた。
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