第55話 過去、八歳のとき3

「それでは。私は業務に戻ります」


 途中でラルバと別れ、地下にある自室へと戻ってきた俺。


 アーシェも居ないから昼食を食堂でとる意味も薄いのでと、予めこの部屋に運んでくれるように頼んでいた俺は、それまでの一時間ほどを読書に費やす。


 読んでいるのは相も変わらず魔導書で、部屋にはページをめくる音だけが響く。


「「「……」」」


 別にレイテだって読書の邪魔はしないし、リーエもまた言わずもがなのだが……。


 されどレイテ違い不動の姿勢が板についているクラッドと、加えて更に気配まで殺しているサレアの組み合わせだと、何時にも増して静かに感じられた。


「お食事をお持ちしました」


 そうしてやがて昼食の時間となり、給仕係と入れ替わるかたちで昼食をとりに退出するサレアを見送り、俺は運ばれてきた料理を今日も美味しくいただく。


「「失礼いたします」」


 すると食べ終わる頃にはサレアがルトラと共に入室してきて、今度はクラッドが昼食と、そしてその後に従者たちへと稽古を付けるために退出して行った。


 粛清後に始めた、希望者を募っての修練は、以前にも増して大盛況なのである。


 尚、ルトラまでもが入室してきたのは、人員不足でリーエ一人体制となっていた専属メイドを、三か月前からルトラを加えた二人体制にしていたからで。


 つまりルトラはサレアの交代要員だったのだが、しかし一方でサレアはレイテに代わる護衛要員でもあるため、クラッドの空いた穴を埋める必要もあり。


 それでサレアも、ルトラと一緒に戻ってくることになったというわけであった。


「ご馳走様」


 というわけで昼食を食べた後しばらくは、ルトラとサレアの二人が傍に控えるが。


「「「……」」」


 午前と同じで特に会話があるわけでもなく、ページをめくる音だけが部屋に響く。


 サレアは論外として、リーエと比べても明らかに気配を感じさせるルトラだが、それでも衣擦れの音すら立てまいと、ピンと背筋を伸ばし直立している。


 正直言って力が入り過ぎているし、すでに何度も少しリラックスするようにと言ってはいるのであるが、残念ながら改善の気配は一向に見られなかった。


 相変わらずドジも多く、それゆえにか自己評価が低いルトラは、古参の従者を差し置いて抜擢されたからと、余計過剰に神経を張りつめているのである。


 尚、そんなルトラを専属メイドへと抜擢したのは、この辺境の地の出身にしては珍しく、拡張が二十三日目に止まった中級下位の魔族だったからであり。


 それも百年も生きれば二十四日クラス中級中位に至るという点が大きかったが、一方でドジであるという欠点はあれど、物覚えよく優秀である点も無視はできず。


 また最大の理由として、宝物庫の存在を知っているという事実が決定を左右した。


 ルトラは、ルナタイトの存在ごと伏せられている宝物庫の秘密をしっかりと守っており、その口の堅さがラルバを始めとした皆の信用を勝ち取ったのだ。


 結果、ラルバを始めとした皆は、俺の秘密を明かすならばまずルトラがテストケースに丁度よいと、半ば囲い込むために専属メイドに抜擢したのである。


「ど、どうぞ。紅茶にございます」


 そんな理由で抜擢されたルトラが、紅茶の入ったカップを執務机に置く。


 それは俺が本から目を離して目元を揉み、丁度飲み物が欲しいと思ったタイミングのことで、その気の利かせ方から優秀さの片鱗を見せたルトラだったが。


 しかしやっぱり、それで終わらないのがルトラであり。


「あう」


 再び所定の位置に控えるため戻ろうとして、足をもつれさせてすっ転んだ……。


「……」


 まあ、カップを持って来るときに転ばなかっただけマシかと、読書に戻る俺。ここで心配の声をかけると、ルトラがより動揺するとわかっていたからだ。


 なので今回こそは適性があって欲しいと思いつつ、気にせず魔導書を読み進める。


 正直、一年前の時点で中級の魔導書に手を出し始めていた俺は、その時点ですでに魔法への適正以前に魔力が足らず発動できない魔法も多くあったので。


 ゆえにお金の問題もあるし、もう魔法は諦めようかとも思いかけていたのだが。


 宝物庫で底なしの指輪を発見し、本来は込めた傍から魔力が消え失せるはずのその指輪に、なぜか魔力を貯蔵できたので魔力量の問題は解決してしまい。


 一方でお金もまたゴーレムのコアのおかげで潤ってしまったので、結局は魔法が諦め切れずに、以前と変わらずこの一年も魔導書を読み漁り続けていた。


 が、残念ながらその成果は芳しくなく、未だ適性のある魔法は見つかっていない。


 とはいえまあ、延々と増えていく魔導書とて全くの無駄にはならず、アーシェや古参の従者たちにも貸し出したりと、前から少しは役には立っていたし。


 最近では、ここ一年の内に第三陣の募集も行われ、最早第一陣が新参とも呼べなくなった現地出身の従者にも貸し出しの幅が広がったので、良しとする。


 俺が読む、しっかりとした魔導書には縁がなく、大抵は口伝か感覚のままに魔法を使っていた、彼ら彼女らの戦力が向上するのだから、それでいいのだ!


 いやまあ、俺が使えなかった魔法を割とあっさりと発動しているところを目撃してしまうと、それは普通に悲しくなるうえに羨ましくも思ってしまうし。


 そもそも俺と同じで魔力量が少ない現地勢が使える魔法など、概ねが初級レベルの魔法に止まってしまうので、戦力の向上なども微々たるものなのだが。


 とはいえ向上しているのは確かであり、加えてそれが現地勢の気力を充実させ、指揮と忠誠心の向上にも繋がっているのだから、やはり問題はないのだ。


 最上級コア一つと上級コア二十個をミレスに売却して得た資金がまだ底を突いていないし、残る約八十個のコアと至宝ルナタイトまであるのだから尚更だ。


 といっても、戦力的な人材に乏しい俺たちは、それをゴーレムで補うという方針を立てていたりもするので、実はこれ以上にコアを売り払うつもりがなく。


 なんならばコアを融通するという条件で協力してくれたミレスとの交渉の際も、最初は約五十個要求されていたところを、今の数で納得させた過去があり。


 その際に最もミレスが欲しがっていたアイアンゴーレムに搭載されていた、相性がよくデュアルコアとして搭載可能な最高性能のコア二つの交渉が難航し。


 ラルバと激論を交わした末に、コアを譲ることこそできないが、ゴーレムの制作をミレスに依頼することで、なんとか話が纏まったという経緯もあったが。


 だとしても、今現在もその発見自体を伏せている、城一つ立てても優にお釣りがくる至宝ルナタイトがまだあるので、まず資金難になることは考えられず。


 そこに加えて更に、今のところもあるので、俺はこれからもめげずに魔導書を読み続け、なんとか適性のある魔法を探し出す気でいた。


 そう。実はこの一年の間に、俺はルナタイトに劣らぬ更なる切り札となる発見をしていたのだっ!

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