第53話 過去、八歳のとき1
「あら怖い。でも事実でしょう?」
そうなのだ。アーシェが言うように、事実エルーグは後に生まれた
例えば、拡張が四十一日目に止まったアーシェであれば、五百年も生きれば四十六日クラスという、魔王を担うに足る実力に到達することができるし。
あるいは、それに一歩だけ劣る四十日という才能を示したリディスでも、七百年生きることができれば、四十六日クラスへと到達することができるが。
されど、拡張が三十八日目に止まってしまったエルーグは千百年と、アーシェと比べれば倍以上、リディスと比べても更に四百年の月日が必要であり。
「だから後継者とも見做されていないわけだし……」
これまたアーシェの言う通り、ここまで来ると魔王の後継者とも見做されず。
「この……!」
「まったく。出来損ないの弟を持つと、兄は大変よねえ」
だからこそコンプレックスを滾らせているエルーグに、しかしアーシェはまるで容赦をすることなく、幼い頃の仕返しとばかりに痛烈な皮肉を返した。
「なっ、貴様! 当てつけのつもりか!」
というのもアーシェは八歳の頃、エルーグから出会い頭に「まったく。出来損ないの兄を持つと、妹は大変だな!」と、
そこからアーシェもエルーグを敵認定し、嫌い始めたという現実があったからだ!
それはエルーグの五歳の誕生日を祝う催しに、アーシェが嫌々ながらも参加した際の出来事であり、されど俺はその場面を目撃したわけではなかった。
なぜならば、俺は招待状を貰っておらず……。
なんならば、そのとき死にかけていたからだ……。
***
宝物庫の攻略から、また一年と少しの月日が経過したある日の昼食後のこと。
「こんなパーティーになど、参加したくありませんわ」
エルーグの五歳の誕生日パーティーへの招待状を貰ったアーシェは、ごねていた。
「しかし、招待状をいただいた以上は、参加しないわけには……」
「別に向こうだって、私に参加して欲しいなんて思っていないはずよ」
昼食を食べ終わったタイミングを見計らい、その知らせを持ってきたラルバが招待された以上はと説得するが、アーシェも鋭い反撃を繰り出して対抗する。
「どうせ儀礼的に送ってきただけに決まってますわ」
実際アーシェの言い分は正論で、儀礼的な招待である可能性は高いと思われた。
「であるからこそ、ないがしろにするわけには参りません。招待状をいただいておきながら不参加となれば、こちらが礼儀を欠いたと言われてしまいます」
が、だからこそ、こちらも礼儀を欠くわけにはいかないと、ラルバも正論を返し。
「そんなの。あっちだってお兄様をないがしろにした無礼者じゃない!」
アーシェも負けじと、感情を昂らせながらに、もう無礼を働かれていると叫ぶ!
「それは確かにそうですし、私としても大いに含むところがありますが……」
どうやら参加を拒む理由には、俺に招待状が送られて来なかったからというのも含まれているようで、ラルバもまたその点には憤りを覚えている様子だったが。
「かといって、こちらが礼儀を欠いてよい理由にはなり得ません」
それはそれとしても、礼儀を欠いてよい理由にはならないと、ラルバは譲らない。
「でも……」
「お気持ちはよくわかりますが。余計な隙を与えないためにも、ここはどうか怒りをぐっと堪えて、参加していただきたく……。どうかお願い申し上げます」
そうして、ラルバの真摯なお願いを前に、遂には眉を下げて閉口するアーシェ。
「……」
さすがにこうまで言われては、アーシェも無下には反論できなかったのだろう。
「お兄様も、参加したほうがいいと思いますの?」
そしてここで、アーシェには悪いが招待状が送られて来なくてよかったと密かに安堵したりしていて、対岸の火事と静観を決め込んでいた俺に、その矛先が向く。
「……」
正直、敵地に等しいパーティーに参加したくないというアーシェの気持ちもわかるし、一方でラルバの言い分もまた理解できるので、俺は返答に困ってしまった。
ただまあ、立場を自分に置き換えて考えてみると、参加したくないとげんなりしつつも、やはり招待状を貰った以上はと、参加を決めただろうと想像ができたし。
「可能性の一つとして。参加を拒否した場合、礼儀を欠くどうこう以前に逃げたと見做す者も居るでしょうし。その点を鑑みてもやはり参加すべきだと思われます」
あるいは、すかさずにラルバが付け加えたように、ある種の挑戦状にも近い招待を拒否したとなれば、礼儀云々以前に逃げたと見做される可能性も否定はできず。
それこそ別にラーステア一派にはどう思われようと構わないが、それで中立からラーステア一派へと鞍替えする者が現れるのは面白くないと、天秤が傾いていく。
実際のところ、いずれは雲隠れしようと考えている俺とは違い、アーシェは中央との繋がりを持っておいたほうがよく、それを鑑みれば参加すべきではあるのだ。
「あら。それは確かに、面白くありませんわね」
そして、天秤を傾けたのは、アーシェもまた同じだったらしく。
「はぁー。致し方ありませんわね。そういうことなら、参加しますわ」
俺が意見を口にするまでもなく、不承不承ながらに参加を承諾した。
「逃げたと思われるのは癪ですもの」
といっても、アーシェはただ単に逃げたと思われるのが嫌なだけのようだったが。
「ご英断、感謝いたします」
ともあれ、一週間後に催されるエルーグ五歳の誕生日にアーシェの参加が決定し。
「では。アーシェ様が侮られないためにも、当日はクラッド様かレイテ様のどちらかに帯同をお願いしたいと思いますが、よろしいでしょうか?」
未だメルニウスの後任が決まっていないため護衛騎士が片落ちとなっており、それでは体裁が悪く侮られ兼ねないからと、ラルバが俺に伺いを立ててきた。
「もちろん構わないよ。クラッドも構わないよね?」
もちろん構わないので快諾し、二人のうち今ここに居るクラッドにも確認を取る。
「はっ。もちろん構いませんが。しかし、城の守りが手薄となるのが少々心配です」
「その点に関しては、リーエとサレアを入れ替えることで対応するつもりです」
すると快諾しながらも、それでは上級魔族が城に一人となってしまうので守りが心配だとクラッドが懸念点を挙げるが、すかさずにラルバが解決策を示した。
「なるほど。それならば問題ありません」
「サレアが護衛騎士を任されてくれるなら、話はもっと単純なのですけどね」
あるいはラルバが言うように、サレアが護衛騎士になれば話はより単純になるが。
「遠慮しておきます」
「まあ、そうでしょうね……。では、当日はリーエとサレアを入れ替え、クラッド様かレイテ様のどちらかに帯同をお願いするという方針で行きます」
けれどもサレアがそれを認めるわけもないので、結局はこの方針へと落ち着いた。
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