第16話 過去、辺境の地にて2
「いいから頭を下げろ!」
「絶対嫌だ!」
頭を押さえて下げさせようとするクラッドと、抵抗するレイテ。
『みなの表情をご覧くださいフィーロ様』
そんな中、俺の頭にラルバの声が響いてくる。
「?」
急になんだと思ったが、ともかく従者たちのほうを一瞥した俺。
するとそこには、ムッとした表情を浮かべている者たちと、それ以外が居り、それを見て取った俺は、なるほどそういうことかとラルバの意図を理解する。
『おそらく意図したものではないのでしょうが、ともあれレイテ様のおかげで敵と味方がある程度浮き彫りとなりましたね』
つまりはそういうことであった。
「誰が魔力適正欠陥なんかに頭を下げるか!」
現に魔力適正欠陥という瑕疵が判明しても尚残ってくれた数少ない俺の従者たちは、皆一様にレイテの態度に眉を顰めており。
逆にアーシェ付きの従者たちは、ほとんどが表情を変えておらず、それどころか控えめながらも嘲笑を浮かべている者すら居るのだから……。
これは確かにわかりやすかった。
あくまで出来損ないのレッテルを貼られたのは俺だけなので、魔王の娘に相応しい才を示したアーシェには未だ多くの従者が居るのであるが。
どうやら、そのほとんどが俺に悪感情を持っているようである。
いやまあ、予想の範囲内と言えば予想の範囲内なのであるが……。
なにせ力を是とする魔族の価値観からすると、魔力適正欠陥は侮蔑の対象なうえに、こんな辺境に来る羽目になった元凶なのだから仕方がない。
それこそ幽閉される俺についていくと言ったアーシェに、何人もの従者が考え直すように進言したというのだから、その心情など想像に難くなかった。
きっと俺のせいで都落ちしたと恨めしく思っているのだろう……。
『しかし。取り繕うこともできなとは、質が低いですね』
ただ、確かに取り繕うことができないのは少々いただけなかった。
といっても、魔力適正欠陥だと公布される前から趨勢はラーステア一派へと大きく傾いていたので、優秀な者ほど早くに趣旨替えをしており。
そのため残っている者は忠誠心のある者か、あるいは他に行き場所がなかった者なので、質が低い者が混じっていても何も不思議ではないのだが。
『しっかりとその顔を記憶しておくとしましょう』
なんにせよ、ラルバの言う通り敵味方を記憶しておくべきだった。
「いいから下げろ!」
べきだったが……。
「だから嫌だって言ってるだろ!」
だがしかし、そんなことよりも俺には気になっていることがあった!
「魔力適正欠陥に頭を下げるくらいなら、死んだほうがマシだっ!」
それは強情に抵抗しているレイテのこと……ではなく、そんなレイテを鋭く睨みつけて魔力を練っているリーエのことである。
『ああリーエですか。彼女は私と同じでシフィリエ様に大恩がありますので。託された御子であるフィーロ様を貶されて激怒しているのでしょう』
どうやら、俺の視線の先を追って俺の言いたいことを察したらしいラルバの言うように、レイテの態度がよほど腹に据えかねているらしい。
『ああもちろん、怒りを覚えているのは私も同じですよ?』
それこそ今にも攻撃をしかけそうな雰囲気であり、そのためラルバの言葉を聞いても、いやそんなことよりも止めなくてはと思ってしまう。
ただ、俺が止めに入る前に、事態が動いた。
「この……。いい加減にしろっ!」
いい加減業を煮やしたらしいクラッドが、レイテの頭を押さえていたその腕に力を込めて、そのまま地面へと頭を叩きつけたのだ!
「ズドンっ!」
ちょっ、ええ!
「……!」
あまりの暴挙に言葉を失う俺。なにせそれこそ音が示す通り地面が砕けるほどの威力で、しかも顔面から叩きつけたのだから仕方がない。
「……いったいなあ!」
レイテは普通に起き上がってきたものの。
「何もそこまですることないだろ!」
その額からは血が滴っていたのだから、尚更のことである!
「いいから謝るんだ!」
いやまあ、レイテの頭を叩きつける前に、クラッドはリーエのほうを一瞥していたので、あえて大げさに制裁を加えたっぽいのだが。
「はっ、嫌だね」
しかしそれでも尚レイテは謝ることがなかったので。
「フィーロ様。攻撃のご許可を」
クラッドの制裁も空しくリーエの溜飲は下がることがなく。
「いいわ、ラルバ。やりなさ――」
「いや駄目だからね!」
そのため俺は、嗾けようとしたアーシェに被せ気味に制止することとなった。
「しかしフィーロ様。確かにこの者の態度は些か目に余るかと」
が、そこに祖母の代から我が家に仕えている家令のゼレムが、リーエを援護するような言葉を放り込んできたので。
「そうです! ですからご許可を!」
リーエは我が意を得たりと益々とヒートアップし、ナーガ族の一番の特徴たるその蛇の下半身をくねらせて、上半身を高く持ち上げた。
「はっ。いいぜ、来いよ。格の違いを見せてやる」
そんな完全なる臨戦態勢のリーエに対して、受けて立つと仕舞っていた悪魔の羽をばさりと広げ、その腰に帯びた剣に手をかけたレイテ。
「いやだから駄目だって! レイテも挑発しないで!」
もちろん俺はすぐにリーエを止めつつ、レイテにも不用意なことを言うなと叫ぶ。
レイテの言ったように、二十七日目にして拡張が止まった中級中位の魔族であるリーエと、上級下位の魔族であるレイテには純然たる差があるからだ。
いやまあ、勝てるなら戦ってもいいというわけでもないのだが……。
「そうだぞ! いい加減にしないか! いくら不満があるからといって、それが騎士が主に取る態度かっ? それで父上に顔向けできるのか!」
ともかく。制止した俺に続くように、クラッドもレイテを叱責する。
「うっ、それは……」
すると、その言葉選びがよかったのか、レイテは明らかに怯んだ様子を見せ。
「わかったなら謝れ! でなければ父上に報告するぞ!」
「ちっ……、申し訳ありませんでしたフィーロ様」
すかさずクラッドが畳み掛けたことで、レイテも渋々といった態度で謝罪した。
「本当に申し訳ありません!」
それに続くように、深く頭を下げたクラッド。
「ああうん。気にしていないから大丈夫」
特に気にしていなかった俺は、すぐに大丈夫と返すが。
「寛大なお言葉、感謝いたします! リーエ殿も、レイテには後で重々に言い聞かせておきますので、どうかご容赦をお願いいたします」
「……」
肝心のリーエは、クラッドが真摯に謝罪しても無言でレイテを睨みつけており。
「まあほら。こう言ってるわけだし、ね。今回は多めに見てあげたら?」
「……いいでしょう。今回はクラッド様に免じて許すといたします」
それこそ主の俺が言うのならば仕方ないとばかりに矛を収めたので。
「……」
俺はこれから始まる辺境暮らしに、不安を覚えずにいられなかった……。
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