第17話 過去、辺境の地にて3

 いやー、懐かしい。レイテがあんな態度だったから、果たして仲良くやっていけるのかと、俺は大いに不安を覚えたのだよね。


 もっともレイテのあの態度は、演技だったりしたのであるが……。


  

   ***



 ロンベルム城で暮らし始めて早くも三か月が経つが、おんぼろなお城での生活は案外と快適で、俺は概ね辺境での生活に満足していた。


 外観は確かにおんぼろだったが、最低限生活に必要な個所の修繕は済んでいたうえに、掃除もまた隅々まで丁寧に行き届いていたからだ。


 さすがに城内すべての内装までは手が回っていなかったが。


 しかし俺の部屋として用意された広々とした地下室や、アーシェの部屋などの内装は、それこそ以前と遜色がないほどに整えられており。


 そのため俺は、特に不便さを感じることがなかった。


 とはいえ、それは俺がお世話される側であることに加え、予定通り魔力が暴走する可能性があると言って、部屋に籠りがちになっているからで。


 従者たちは以前と比べたら、当然に不便を感じているようだったが。


 ともあれ、生活周りの事情は従者たちの手によって日に日に改善されていっているので、やっぱりと言うべきか、問題なのは人間関係のほうだった。


 といっても、予想に反してレイテはそこまでの不和を起こしていない。


 なぜならば、レイテが初日に取ったあの騎士にあるまじき言動は、首になることを狙っての行動だったと、その日のうちに判明していたからである。


 これは、クラッドやリーエから聞いた話だったのだが……。


 あの後、無礼な態度を咎めたクラッドに、レイテは首になるためだと真意を明かし、馬鹿な考えはやめろと続けたクラッドに、否と突き付けたようなのだが。


 しかし実は根が誠実だったらしいレイテは、目的のためとはいえ確かに好くない行動だったからと、無礼な態度に憤った者全員に謝罪行脚を行ったそうなのだ。


 その対象は、リーエやゼレムを始めとした俺の従者たちに加え、アーシェとそのお付きの従者たちの中に僅かながら居た、ちゃんと眉を顰めていた者たちであり。


 そんな者たちの下へ、レイテは謝罪行脚と決意表明をして回ったらしいのだ。


 その言を要約すると、魔力適正欠陥を発症した俺には同情しているし、本意でもなかったが、されども自分はこんな辺境で燻っているわけにはいかないのだと!


 だから首にしてもらうために、あえて無礼な態度を取ったのだ。とのことで。


 そうやって真意を明かしたうえで、不快にさせてしまったことをレイテは謝罪し。


 しかしながら、首になるまで俺に無礼な態度を取り続ける決心は固く変わらないので、なんとか多めに見て欲しいと、真摯に頼み込んでいたらしいのであった。


「にしても、毎日毎日ご苦労なことだなまったく」


 ただもちろんのこと、俺にまで謝罪したら本末転倒なのでしておらず、皆にも決して真意を俺に話すなと言い含めて、レイテは今日もまた精力的に頑張っており。


「魔力適正欠陥なんだから、魔導書なんて読んでも無駄なのにさ」


 まるで言い含められておらず、その日のうちに俺に真意が伝わっていたことはともかく、そういうことならばと、大抵の者がお目こぼしをしているのであるが……。


「……」


「おい。聞いてるのか?」


「レイテ! だからフィーロ様の邪魔をするのではありません!」


 リーエのように、レイテの真意を知っても尚目くじらを立てている者も居た。


「なんだよ。邪魔しようが邪魔しまいが、無駄なのは一緒だろ?」


「いいから! あなたは黙って突っ立っていればよいのです!」


「はいはい。無口無表情の主様に倣って、突っ立ってることにしますよ」


 俺としては、確かに俺の護衛騎士など窓際部署もいいところだし、こうして代わりに怒ってくれる者が居るので、今日も頑張ってるなぁーとしか思わないのだが。


「あなたが無駄口を叩き過ぎるのです!」


 だけどリーエは、真意がどうであろうとも俺への無礼は見過ごせないらしい。


「……フィーロ様! クラッドです!」


「おっと。交代の時間か」


 そして見過ごせないのは、何もリーエだけではなく。


「開けてあげて」


「失礼いたします」


 しばらくして、交代のために部屋へと入ってきたクラッドも同じだった。


「はぁー。やっと魔力適正欠陥のお守りから解放されるぜ」


「おまえは……。フィーロ様、少し御傍を離れるご許可を」


「私にもお願いいたします」


「ああうん。どうぞ」


 そうして、二人は阿吽の呼吸で俺に許可を求めて、清々するといった様子で入れ違いに部屋を出て行こうとするレイテの後に続いて、部屋を出て行った。


 遅れて聞こえてくるのは、ドカ! バキ! という鈍い打撃音だ……。


「くそ! 今日はそこまでの態度を取ってなかっただろうが!」


 その後に聞こえてきた愚痴からも、外で何が起こったかはお察しである。


「……」


 この一連の流れは割といつもの日常の光景であり、レイテも甘んじて二人からの制裁を受け入れているようなのであったが。


 毎回こうなることがわかっていて無礼な態度を取ってくるのだから、俺も頑張っているなぁーなどという感想を抱いてしまうのだ。


「今日も妹が無礼を働き、申し訳ありません!」


「いいよ気にしてないから。クラッドも大変だね」


「はっ! 寛大なお言葉感謝いたします!」


 尚、そんな感想を抱いているのは、実は俺だけではなく。


「ラルバです! 入室のご許可を!」


「開けてあげて」


「失礼いたします。先ほど頭を押さえながら歩くレイテ様とすれ違いましたが、どうやら今日もまた頑張っておられたようですね」


 あいにくと前任者がついて来てくれなかったこともあり、専属メイドからハウスキーパーメイド長へと配置換えをしていたラルバもまた同じだった。


「不肖の妹が申し訳ない」


 そんなラルバは、ある点からもレイテの行動を好ましく見ている。


「いえいえ。おかげ様で不穏分子もあぶり出せておりますし、構いませんよ」


 それは、初日がそうであったように、不穏分子のあぶり出しに役立つという点だ。


「しかし。それは結果論に過ぎませんし……」


 クラッドの言うように結果論ではあるのだが、わかり易く俺への不満を表しているレイテには、だからこそ俺に悪感情を持つ者が寄って来やすく。


 されど実際のところ別に悪感情を持っているわけではないレイテは、陰口をこぼす相手に適当に合わせて、それをリーエ等に報告してくれているのだ。


 レイテの無礼な態度に、わかり易く不快を示した者たちにしか、レイテが謝罪行脚をしていなかったことで、悪感情を持つ者たちはレイテの真意を知らず。


 その結果、ほいほいと釣られてしまったかたちだった。


「とはいえ助かっているのは事実ですので、お気になさらず。フィーロ様もそれを理解しているからこそ、気にしておられないのです」


 別にそれがなくとも、ラルバの鳥たちと話せるというハーピィ族にしても稀有な能力によって内偵はしているので、遅かれ早かれだとは思うのだが。


 早いに越したことはなく、レイテが際立って不満を口にしているからこそ、皆の口が軽くなり、ラルバの内偵が楽になったりもしているので感謝しかなく。


 そして、そういうレイテ本人が意図していない結果をもたらしていることもまた、リーエやクラッドを除く者たちがお目こぼしをしている理由だったりした。

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