第15話 過去、辺境の地にて1
「あっ。フィーロ様!」
身なりを整え直して別邸を出た俺を真っ先に出迎えたのは、外に待機していた竜騎士たちではなく、俺の護衛騎士を務めているレイテだった。
「あらレイテ。あなたには部隊を任せていたはずだけど?」
彼女もまた、ラルバと同じようにアーシェに貸し出していた一人なのであるが。
「ああ。兄貴に任せてきた。遂にフィーロ様が魔王になるときが来たわけだからな。筆頭騎士の私がその瞬間を見届けないわけにはいかないだろ?」
どうやら兄のクラッドに部隊を任せ、俺が魔王になる瞬間を見届けに来たらしい。
「いやー、めでたいなー。念願だったもんなー。私も嬉しいぜ!」
そんなレイテは、今でこそ人懐っこい笑顔でもって無遠慮にばしばしと背中を叩き、まるで自分のことのように祝ってくれているが。
しかし最初に会ったときの態度は、酷いものであったことを思い出す。
そうなんだよね……。
レイテと最初にあったときの態度は、それはもう酷いものだったのだ……。
***
父上から魔力適正欠陥だったと公布が成されてより三日後、俺は辺境の都市リクレイルの南側の丘に立つ領城、ロンベルム城の前にやって来ていた。
魔王の息子であるのに魔力適正欠陥を発症した俺には失望したと、ゆえに城を追い出して辺境の地へと幽閉すると、そういうかたちに相成ったのである。
もちろんそうなった結果、俺に期待していた多くの者たちが、魔力の扱えない出来損ないには用はないとばかりに、手のひらを反して離れて行ったりしたが。
しかしアーシェはもちろんこと、ラルバやリーエを含む一部の従者たちは、それでもと残ってくれたので、皆と一緒にこの辺境の地へと引っ越してきたのだ。
といっても別に長旅をしてきたとかそういうわけではなく。
「うーん……」
ラルバの転移魔法によって、一瞬のうちに移動してきたのだが。
「これは……」
ともあれ、残ってくれた数少ない従者たちを背後に携えながら、俺はアーシェと横並びで目の前に聳え立つぼろ……もとい、古く趣のある城を――。
「随分とおんぼろなお城ね」
アーシェさん!
「……」
せっかく俺が言葉を濁そうとしたのに……。
だがまあ、その感想は正しく、確かに目の前にある城はぼろいといっても差支えの無い見た目をしていたので、仕方がなかった。
庭はすっかり荒れ果て、城壁は所々が崩れ、そのうえ城の外壁にも皹が走り、そこかしこの窓ガラスが割れているという有様なのだ。
それはもう、風通しが非常に良さそうであった……。
「申し訳ありませんアーシェ様。これでも一応は急ぎ修繕を施したのですが、何分たった三日では限界がありまして……」
だが、ラルバが言うには、これでも一応は修繕していたようで。
「まあ、本当なら来るのは十日後だったのだから、仕方ないよ」
そのため俺は、本来ならば引っ越してくるのは十日後だったのだからと、ぼうぼうと草木が生えた庭から目を逸らしつつフォローするが。
「だとしても。人海戦術とかで、どうにかならなかったのかしら?」
しかしアーシェは納得がいかないのか、頬を膨らませていた。
「あー。それは……」
そのもっともな言い分に、人知れず遠い目となってしまう俺。
「本来ならば、それでも修繕が完了できるだけの人員が派遣されるはずでしたが。その……。そこにもまたラーステア様からの横槍が入りまして……」
というのも、十日後を三日後にさせたラーステアの更なる横槍がなければ、しっかりとした修繕ができるだけの人員が動員されるはずだったからだ。
「人手が必要なら現地で集めろって言われちゃったんだよね」
いやまあ、父上からラーステアが現地で集めればいいと言っているがどうすると聞かれ、じゃあそうしますと素直に頷いてしまった俺も悪いのだが。
「ただ。このリクレイルの地には、それができる人材が居らず……」
俺は現地に人材が居ないことを知らなかったのだから、多めに見て欲しい。
「大変に口惜しいことです。そんなことは魔王様も重々承知でしたでしょうに」
尚、重々に承知していたらしい父上は、俺がよく考えもせず動員を断ったら「なるほどな。おまえは支度金を得るほうがよいと考えたわけだ」と。
俺には人員など集める気がなく、動員の代わりに支給される支度金を、別の使途に使おうと画策しているのだと、ここでもまた謎な解釈をしていたが。
ともあれ「ならば多めに出してやろう」という父上の計らいによって潤沢な資金を得た代わりに、目の前の城は無様な姿を晒すこととなっていたので。
「まさかラーステア様の妄言をご承知なされるとは……」
城を見上げ、口惜しそうに嘆いているラルバの隣で、俺は身を小さくする。
「ふんっ。そりゃあ魔王様も、魔力適正欠陥に人員を割きたくはないだろうさ」
だがそんな中、空気を読まずに鋭く言い放つ者が現れた。
「こ、こらレイテ! いきなり何を言う!」
不幸にも俺の護衛騎士に選ばれてしまった、レイテである。
「なんだよ。本当のことだろ?」
父親である魔将グルストに似ず体躯こそ小さいが、父親に勝るとも劣らない大きな角を持つレイテは、三十七日目に拡張が止まった上級下位の魔族であり。
「レイテっ! 申し訳ありませんフィーロ様。ほら、謝罪するんだ!」
そんなレイテは、逆に父親譲りの恵まれた体躯を持つが、されど角は小さめの、三十三日目に拡張が止まった中級上位の魔族である兄クラッドに注意されるが。
「まったく。魔力適正欠陥の護衛騎士なんて。左遷もいいとこだぜ」
しかしそれでもレイテは、小さな体躯とは裏腹な大きな態度でもって、父親譲りの紅色をしたミディアムヘアがよく似合うその端正な顔をこれでもかと顰めて。
そして、これまた父親譲りの金眼で、俺のことを睨みつけてきた。
「こら! 口が過ぎるぞ!」
対して、レイテが態度を改めないので、遂には拳骨を落としたクラッド。
「いたっ。何をする!」
そんなクラッドもまた父親譲りの紅髪ショートヘアだったりするのだが、しかしその瞳の色だけは母親に似たらしく、澄んだ青空のような色をしており。
「何をするはこっちの台詞だ!」
その青色の瞳でもって、クラッドはレイテの金眼と火花を散らし合う。
「本当に申し訳ありませんフィーロ様」
ただそんな睨み合いは、クラッドが謝罪を優先したことですぐに終了した。
「ほら。おまえも早く頭を下げるんだ!」
クラッドはその強面な見た目に似合わず、生真面目な性格をしているようだ。
が、一方で澄ましていれば可愛らしい令嬢に見えるレイテはと言えば、こちらもまたクラッドと同じように見た目通りの性格ではないらしく強情で。
「おいこら、やめろ!」
頭を押さえ無理矢理にでも下げさせようとするクラッドに、頑固に抗っていた。
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