12月24日の仕事
その湖は深い針葉樹の森に囲まれていた。
穏やかな湖面に、鳥の鳴き声が響き渡る。
湖畔には一軒の家が建っていて、煙突から白い煙が立ち上っていた。
不意に一台の車が、森の静寂を破って現れた。
車が家の正面に停まると、運転席から若いスーツ姿の男が降りてきた。
スーツ姿の男はサングラスをかけたまま、湖畔の家を見つめている。
家の中からも、エンジン音を耳にしたのか、髭面の男が外へ出てきた。
髭面の男は初老といっていいくらいの年頃で、腹回りには贅肉をたくわえていた。そして髭は見事に白一色だった。
「なんだ若造、お前がわざわざ来たのか。まあいい、入れ」
そう言って家の中へ戻る髭面の男のあとに続いて、スーツ姿の男も家の中に入って行った。
家の中は、木のぬくもりが感じられる空間だった。
「例の仕事はどうしてもあなたに請けてもらうしかない。やってもらえますね?」
そう言いながらサングラスを外すスーツ姿の男に対し、髭面の男はソファに腰掛け不満げに答えた。
「言っておくがな、俺はもう引退したんだ。表の仕事も今年からやってない。仲間の皆にもそう伝えてくれ」
スーツ姿の男を見上げる髭面の男の目は、真剣そのものだった。
しばし二人の間に沈黙が流れる。根負けするように口を開いたのは、髭面の男のほうだった。
「……標的は?」
「マフィアの資金洗浄をやっている銀行の金庫室」
表情を変えずに説明するスーツ姿の男だったが、その口調はかすかに得意げなものになっていた。
「事前の準備は、我々が済ませておきます。もちろん、あなたが金庫室へ入れるようにするための準備も」
髭面の男はしばし逡巡してから尋ねた。
「当然仕事は来月なんだろうな?」
「もちろん。決行のタイミングは、あなたが力を発揮できる12月24日の夜しかない。気が変わったら連絡してください」
そう言ってスーツ姿の男は踵を返し、ドアに向かった。
「靴下を忘れるな」
髭面の男は、スーツ姿の男の背中にそう呼びかけた。
引退生活で忘れかけていた、誰かから必要とされる喜び。
髭面の男はそれを久しぶりに感じていた。
12月24日——。
髭面の男の正体は、サンタクロースだった。
大勢いるサンタクロースの中には、後進にその役目を譲り引退する者もいる。
そしてサンタの役割の傍ら、別の仕事に手を染める者も。
すべてのサンタクロースは、ある力を持っていた。
12月24日の夜だけ、靴下がある場所なら、どこへでも姿を現すことができるという力。
それは世界中の子どもたちへ、一晩でプレゼントを配り終えるための能力だった。
髭面の男は、サンタクロースとしての役目に邁進する一方、仲間たちとクリスマスイブ専門の泥棒を長年続けていた。
たとえどこだろうと、12月24日の夜に靴下があれば侵入することができる。最新のセキュリティも、サンタクロースの特殊な能力の前では役に立たない。
明けて12月25日の早朝。
仲間たちが待つアジトに、髭面の男が現れた。
スーツ姿の男が訊く。
「首尾は?」
髭面の男——サンタクロースは満面の笑みを浮かべて言った。
「若造ども、クリスマスプレゼントだ」
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