庭でイルカを飼っている


 男子中学生の久沼悠斗ひさぬま ゆうとが、同級生で親友の枦山蓮はぜやま れんに言った。

「欧米だとイルカやクジラは知能の高い人間の友達の動物で、犬や猫みたいな存在だから、捕鯨が受け入れられないんだよね?」

 優等生で大人びたところのある久沼だったが、今日に限っては単に断片的に聞き齧った内容を、それも多少いい加減に話していた。

「でも、イルカやクジラは庭で飼えないのに、なんでだろう?」

 その久沼の疑問も、短絡的なものだった。

 放課後の教室で窓際の席に座り、開け放たれた窓から吹き込む風に揺れるカーテンを眺めながら、枦山はおもむろに答えた。

「うち、飼ってるよ」

「えっ?」

「庭でイルカ、飼ってるよ」


 その枦山の発言は単なる冗談だったと後に判明したが、しかし庭で飼われるイルカのイメージは、取り憑いたように久沼の頭から離れなくなった。


 数年後、高校生になった久沼は、庭で飼われているイルカがいるという噂を聞いた。

 噂の存在は、再び久沼の脳裏を支配した。

 だから久沼は、その庭で飼われているイルカを、必ず自分の目で見ると決意した。


 庭で飼われているイルカがどこにいるのか、突き止めるのには苦労が多かった。

 ただの噂だけで、手がかりがほとんど無かったからだ。

 最終的に久沼はインターネットのSNSで情報を集め、そしてついに庭で飼われているイルカの居場所を突き止めた。


 そこは北関東のとある街にある、お屋敷と呼んでも過言ではないような一軒家だった。

 ただ無計画にここまで来てしまった久沼はしばし迷ったが、それでも庭イルカの存在を確かめるため、勇気を出してインターホンを鳴らした。


 玄関から出てきたのは、一人の和服姿の老人だった。

 老人はいきなり訪ねてきた久沼の話を親切に聞き、久沼が単に庭イルカの噂に囚われている人間であることを知ると、意外にも庭へ案内してくれた。

 庭には鮮やかな芝生が茂っていた。

 そしてそんな場所の片隅で、イルカは飼われていた。


 庭に置かれた、犬小屋を思わせる小さな木製の小屋。

 久沼が近づいてその中を覗き込むと、そこには一頭のイルカがいた。

 イルカは紙製だった。

 思い切って久沼がイルカを小屋の外に引き摺り出す。

 大きな厚紙に、印刷したイルカのイラストの紙を貼り付け、切り抜いたもの——それがこの老人の屋敷の庭で飼われているイルカだった。


 しかし久沼の胸中では、これこそが庭で飼われているイルカに違いないという、確信にも天啓にも似た感情が湧き上がっていた。

 これこそが庭で飼われているイルカなのだ、と。

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