第25話 4人の女の子に囲まれて

 そして、騒動のあと――やっと落ち着いた俺たちは、リビングで一緒に晩ごはんを囲むことになった。


 花音の手料理と、母がバタバタ用意した特製“おもてなし仕様”の食卓。俺だけ病人メニューのおかゆなのがちょっと物悲しいけど、それ以外は実に豪華だった。


「うわっ、お母さん……これ、旅館のコース料理レベルじゃない?」


 由依が目を丸くして言うと、母は自慢げに鼻を鳴らす。


「ふふん。女の子が家に来るとなれば、母の本気も出るってもんよ」

「完全に戦闘態勢ですね……」


 瑞希さんが静かにコメントしながら、焼き魚に箸を入れる。


 それから、話題は自然と、あの日のWデートに移っていった。


「由依、瑞希さん、ほんとに楽しそうだったんだね……」


 花音が口元をにこにこさせながら、まるでアイドルのトークショーでも見てるように聞いてくる。


「う、うん……まあ、楽しかったよ……ね、瑞希さん?」

「はい。ゲーセンで遊んだり、一ノ瀬さんに服を選んでもらったり、一緒にランチを楽しんだりと有意義な時間でした」

「うん、すごく楽しかったねー。次は遊園地とか3人で行きたいね」

「大衆の面前に晒して、一ノ瀬さんが倒れても良いんですか?」

「そ、それは……!」


 はしゃぐ由依と、無表情でとどめを刺す瑞希さん。


 俺はおかゆを口に運びながら、何度もうんうんと頷いていた。


「それでねっ!」


 花音が突然声を大きくして、箸を置く。


「そのWデート、実はうちの学校でも話題になってたの! “美少女2人を連れた謎のイケメン”って!」

「うっ……!」


 俺の手が止まる。い、イケメンって……。


 照れ臭さと違和感でご飯の味がしなくなるレベルだ。


「……ふふ。確かに、あれは目立ちました。由依さんも目を輝かせてましたし」

「瑞希さんも、ずっと笑ってたじゃない」

「私は“微笑”です。笑ってはおりません」


 ……それが十分レアなんだけどな。


 で、俺がどうにか話題を切り替えようとしていた、その瞬間。


 花音がニッと笑った。


「ところでさー。せっかくだし、ここで“由依ちゃんも知らない、兄の意外な一面”を教えてあげようかな〜って!」

「ちょっ、花音!?」

「ふぇ?」


 由依が興味津々に目をキラキラさせて、箸を置く。


「誠司くんの“秘密”……! 聞きたいっ!」

「私も興味あります。一ノ瀬さんの未知の側面、ぜひ教えてください」

「ダメだ! 断じてダメだ!! これは国家機密レベルなんだってば!!」

「じゃあ、えーっとね……」


 俺の叫びは無視され、花音の“口撃”が開始される。


「昔、お兄ちゃんね、お風呂で歌うとき、絶対“童謡”しか歌わなかったんだよ〜」

「え……それは……可愛い……」


 由依の目がハートになった。


「メモします」


 瑞希さんはどこからともなく、ちっちゃいメモ帳を取り出して書き始めた。

 

 ……その動作、無駄に早いんですけど!?


 さらに花音は勢いづいて続ける。


「しかもね、今でも寝ぼけると“ママ〜”って言うんだよ」

「終わった……俺の高校生活……」

「それは初耳ですね。詳細を」

「……誠司君……ギャップ……尊い……」


 ぐおおおっ……!!


 俺の精神は、死んだ。


 でも誰も止めてくれない。ああ、誰か、止めてくれ――


『──どんまいっ★』


 ……マリ先生。

 

 あなたはなぜ、そんな満面の笑みの声で言うんですか。


 インカムの向こうで、さも楽しそうに鼻歌まじりで「ずるいなぁ〜」とか言ってるのも聞こえる。


「兄として、誠司君として、誇りを……守れなかった……」


 俺はそっと箸を置いたのだった。








 そして、食後。

 

 まったりとした空気の中、ふと、インカムからマリ先生の声が聞こえてきた。


『じゃあ、そろそろ解散にしてあげてねー。あ、ちなみに迎えももう呼んであるから〜』


 その瞬間、玄関の向こうから、外で談笑しているような大人の声が聞こえてくる。


「……もういるのかよ」


 さすが用意周到のマリ先生。いや、先生っていうか諜報員だよね、あれ。


「今日は来れて良かったです、一ノ瀬さん。思ったよりお元気そうで安心しました」


 玄関の前で瑞希がスッと立って、まっすぐ俺の目を見てくる。その姿は相変わらずクールで、落ち着いた大人びた雰囲気なのに――


「っていうか……意外な一面、たくさん見れましたけど」


 何か思い出したのか、口元が少し綻んでる。


「そ、そうだね……」

「うん、うん」


 由依さんも目を細めてくすくす笑う。おい、やめてくれ。あれは花音に勧められたんだ。妹のせいなんだ。


 そんなことを考えていたら――


「失礼いたします〜」


 玄関のドアが開き、瑞希の母が、気品あふれるスーツ姿で入ってきた。整った容姿に冷静な佇まい。さすが瑞希の親だなって感じのオーラが漂ってる。


「娘がお世話になっております。普段、あまり他人の話をしない子なんですが、食事中もずっと一ノ瀬さんの話題で――」

「お母様、それ以上はお控えください……!」


 瑞希さんが前のめりに母親の口をふさぎにかかる。


「そうねそうね、でもほんっと楽しそうだったのよ。最近では“一ノ瀬君の話だけで30分話す女”って家で呼ばれてるくらいで――」

「お母様あああああッ!!」


 冷静だった瑞希が、まさかの連続タックル。その迫力に俺も由依も、思わず背筋を伸ばした。


 その隙に、瑞希母は俺の前にぴたりと立って、穏やかに、でも確実に仕留めに来るような笑顔で言った。


「これからも、うちの娘のことを末永くよろしくお願いしますね?」

「えっ、え、えええっ……はいっ……!?」


 いや、そんな、え、ちょっと待って、それってどの意味で? 付き合ってる前提で話してない!? 瑞希、補足して、訂正して!


 しかし、瑞希は背後で真っ赤な顔をして、崩れ落ちていた。ダメだ、味方はいない。


 そして次に現れたのは、由依母。


「あらあら、うちの娘もよろしくね?」


 スッと近寄ってきて、視線が、鋭い。目の奥のバックライト、完全にオフ。


「え、あ、はい、もちろん、あの……よろしくです」

「ふふ、冗談よ?」


 そう言って微笑んだ時には、もう俺の魂、4割くらい抜けてた。


「お母さん、やめてよ〜!」


 由依が慌てて母を引き戻してくれた。ありがたい。由依は女神。


 瑞希と由依がそれぞれ母親に連れられて帰っていく。玄関のドアが閉まったあとも、しばらくその余韻で立ち尽くしていた俺に、花音がぽそっとつぶやいた。


「……お兄、早く風邪治しなきゃね。2人のためにも」

「……なんでそうなる」

「だって、明らかに“惚れられてる”って感じだったじゃん?」

「からかわないでくれ」

「えへへ〜。マリ先生もインカムの向こうで『どんまい』って言ってたよ〜?」


 マジか。なんか、俺、風邪より別の汗が止まらない気がする。

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