第24話 お見舞いに来た2人

 おかゆで少し回復した気がした俺は、布団にくるまりながらスマホを握っていた。ぼーっとした頭で、「このまま寝るか……」なんて思ってた矢先――。


 着信音。ディスプレイには『マリ先生』の文字。


「……もしもし、誠司です」

『誠司くん!? 大丈夫なの!? 本当に大丈夫!? 熱とか……熱とか、下がってないの!?』


 出た瞬間、いきなり涙声だった。


「え、あ、ああ……だいぶマシになってきました。いや、ホントに。てか先生、泣いてる……?」

『泣いてないわよっ……ちょっと、声が湿気ってるだけよ……あの、倒れたって聞いてから、心配で、心配で……っ』


 湿気どころか、もはや雨雲。完全に降り始めている。


「いや、ほんと、ただの風邪なんで。救急車もお世話になってないですし。ちょっと体が重いくらいです」

『それ、全然安心できる報告じゃないのよ!?』

「すいません」


 普段冗談ばっか言ってからかってくる先生だけど、こういう一面もあるんだな。


『とにかく、少しでも安心したくて連絡したの。あ、それでね、今日――由依ちゃんと一ノ瀬さんを、お見舞いに行かせようかと思ってるの』


 ん?どういう事?え、まさか……


「……え、訓練ですか?」

『ちがうちがう! そんな非人道的なことしない! ただのお見舞いよ! スープとか持ってくかも……でも気を張らなくていいからね? ただの、友達としての、お見舞い!』


 うーん。俺の中の警報機が『ただの』って言葉を3回も繰り返した時点でピーピー鳴っている。


「まぁ……訓練じゃないなら、いいですけど」

『うんっ、それならよかった。じゃあ伝えとくわね! お大事にっ!』


 ぴっ、と通話が終わる音。次の瞬間、俺の部屋のドアがノックもなくバーンと開いた。


「ねえ! 今の電話、先生だったでしょ!? 何て言ってたの!?」


 母が、完全に『戦闘態勢モード』で乗り込んでくる。


「ああ、えっと……由依さんと瑞希さんが、お見舞いに来るって……」

「――なっ」


 一瞬、母の目が見開かれ、すぐに全身がスイッチオンになった。


「ちょっと! お茶菓子足りてたかしら!? ハンカチもアイロンかけてないし、テーブルクロスも地味すぎる! あーもう、なんでこういうときに限って準備できてないのよ!」


 わぁぁと走り去っていく母を見送って、軽く頭をかしげる。


「……そんなガチで準備する必要ある……?」


 そのタイミングで、今度は花音がノックなしで登場。家ってプライバシーとは無縁なんだっけ?


「なになに、どうしたの!?」

「女の子が2人が来るらしいのよ!」

「…………マジで?」


 花音の顔色がサッと変わる。こいつもこいつで、スイッチ入った。


「ねぇ、お茶どうする? レモングラスとカモミール、どっちがいいかな。あ、あと小皿にミント添えるとオシャレじゃない? 食後感を演出する的な!」

「いや誰が食後求めてるんだよ……」


 そのまま母と合流して、2人はキッチンに消えていった。俺の体調がどうとか、そういう話はもはや誰もしていない。


 まあ――。


「……なんか、申し訳ないな、いろいろと」


 そう思いながら、俺は布団の中でそっと目を閉じた。











 ――ピンポーン。


 インターホンの音で俺は目が覚める。……え、何? なんかすっごいドタバタしてる?


 誰かが階段を登ってくる音がすると思っていた瞬間、自室のドアが開いた。


「一ノ瀬さん、入ります」

「誠司君、大丈夫?」


 由依と瑞希さん、ダブルで登場。


 ベッドで寝転んだまま、俺は目をぱちくりさせる。


「2人とも、お見舞いに来てくれたんだ。ありがとう」


 上体を起こすと、由依さんが2人は俺のベッドの近くにやってくる。


「誠司君、もう大丈夫なの?」

「薬飲んで寝たからな。だいぶ楽には……」

「でも、本当に無理してないですか?」


 今度は瑞希さんがベッドの横に立って、俺をじっと見下ろしてくる。いつもの冷静沈着な目に、うっすらと心配の色。


「無理なんてしてないって。ほら、こんなふうに……!」


 俺はバッと布団を跳ねのけて、ベッドから立ち上がり、ちょっとその場で伸びなんかして見せる。


「な、なんなら軽くスクワットも……ほらっ、いち、に……」

「誠司!! 何やってるの!?」


 階段から母が飛び込んできた。手には剥いた林檎を乗せたお皿。そして眉間には皺、顔は鬼の形相。


「ベッドで寝てなさいって言ったでしょ!? 熱が下がったからって、はしゃいだらぶり返すわよ!!」

「ひぃっ、すみませんっ」


 俺は即座にぺたんとベッドに座り、毛布を肩まで引き上げる。


「もう、心配で林檎剥いてきたのに……ああもう、瑞希ちゃんと由依ちゃんにまで見られて……恥ずかしいったら」

「い、いや、別にそこまで……」


 由依が目を泳がせてモゴモゴ言う横で、瑞希さんは冷静に言葉を紡いだ。


「一ノ瀬さんが、家ではこんな感じだとは……正直、驚きました」

「ちょ、こんな感じってどんな感じ!? 俺、どんな風に見られてたの!?」

「学園では、もっとこう……少し抜けた感じだと思っていましたが、ここでは完全に“母に叱られる息子”ですね」

「だいぶ刺さるんだけど、その言い方……!」


 俺が頭を抱える横で、母が「あはは」と笑いながら話に乗っかってくる。


「そうなのよー、誠司ってば昔からこうでねー。由依ちゃんがこっちに来たときも、いろいろ教えてあげたのよね? この子の失敗話」

「うえっ」


 由依の目が、ビクリと泳いだ。……あっ、完全に動揺してる。


「……前に、由依さん来たって……?」


 瑞希さんがピクッと反応。由依の方に視線を向ける。冷静だけど、明らかに興味津々な空気が漂う。


「――ちょ、ちょっと待ってください、由依さん」


 瑞希さんの声が、低い。いや、むしろ静かすぎて逆に怖い。


 視線の先には、目を逸らしてごまかす由依がいた。まるで、自分の秘密が暴かれる寸前の怪盗みたいな顔。


「さっきから引っかかってました。スーパーでの手際、やたらと熟知していた売り場配置。あれ、明らかに“常連”の動きです。それに、お弁当のときも……一ノ瀬さんの好物を熟知してましたよね?」

「あ、えっと、その、あれは……えへ、たまたま?」

「たまたまで、ハンバーグを手作りで入れるって、かなり高確率な“たまたま”ですね?」


 瑞希さんの眉がピクリと跳ね上がる。やばい、これ……完全に理詰めモード入った。


「ふふふ……繋がりました、すべてが……!」

「ま、待って瑞希さん、違うのよ! わたし、ただ、たまたま偶然が続いて、その、あと――」

「ずるいですっ、由依さんっ!!」


 ボフボフボフッ。


 勢いよく、瑞希さんの手が由依の肩をポコポコと叩き始めた。


 音の軽さに反して、心のダメージは重そうだった。


「ずるいずるいずるい……私だって、こっそり一ノ瀬さんの家にお邪魔したかったのに!」

「や、やめてっ! ごめんってばっ!」


 由依の顔が真っ赤になる。俺の体温より高いかもしれない。


 そして――その騒動は、あろうことか“あの人”にも届いていた。


『ずるいずるいずるいぃぃ……っ由依ちゃんずるいぃぃ……! 私だって行きたかったのにぃ……! お弁当作りたかったのにぃぃ……!』


 あー……うん、マリ先生の声が、インカム越しにダダ漏れてる。

 

 耳元でこだまする幼児のような嘆きに、由依と瑞希さんがピタッと動きを止めた。


 そして、俺の隣に座ってた母が、首を傾げてポツリ。


「……あれ、私、なんか言っちゃいけないこと言った?」

「……うん、まあ、全力で言ってたね……」


 俺は天井を見上げて、静かに答えるのだった。


 誰か、風邪ひいてる俺のメンタルにもお見舞いしてくれないかな……。


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