第26話 風邪明け一ノ瀬復活する

「……直ってる」


 朝、目が覚めた瞬間、俺の身体は、完全に仕上がっていた。鼻も喉も平気、熱もなし。全身が軽くて、昨日までの発熱地獄が嘘のような、すっきりとした朝だった。


 制服に着替えて、まだ少し寝癖の残る髪を手で整えて、リビングへ降りると……。


「お、お、お母さん!? お兄ちゃんが……っ!」


 母と花林が、俺を見た瞬間、まるでゾンビが生還したかのような顔をした。


「……あれ? なんでそんな顔してる?」

「ちょ、ちょっと誠司! 立って! 歩いて! ジャンプして!」

「ジャンプ? いや、元気になったって──」

「いいからジャンプ!!」


 俺は謎のテンションに押されるまま、ピョンとジャンプしてみた。ぐらつきもなく、膝も万全だ。


「お兄ちゃん、本当に元気になってる……! どこも痛くない?」

「どこも悪くない?」

「ないよ!? だからもう──」

「よかったぁああああ!!」


 母と花林、同時に俺にダイブ。ぎゅうぅぅぅ、と、左右から抱きしめられる。いや、なんか潰れる。朝から潰されてる。


「……ちょ、ちょっと、俺もう治ったってば!」

「うわああん、生きててよかったぁあ!」

「もう会えないかと……ぐすっ……思って……!」


 泣くな。風邪だぞ。インフルでもノロでもない、ただの風邪。


「……そんな泣かなくても……」

「お兄ちゃんが黙って熱出すのが悪いんだよっ!」

「病人モードの誠司なんて……幼稚園ぶりよぉ……!」


 俺は、二人の涙ぐむ顔を見ながら、深いため息をついた。いや、ありがたいんだけどね? 過保護すぎるのも問題あると思うんだ。







 


 学校に着き、教室に入った瞬間、クラスメイトの皆の視線がこっちに向く。


「あっ、誠司くん!? よかったぁ……!」

「本当に……生きてた……!」

「もうだめかと思ってた……」


 ……いや、俺死んでないんだけど。


「皆、大袈裟すぎないか……?」

「大袈裟じゃないッ!」


 と、派手に登場したのは──


「一ノ瀬……!! お前が元気な姿を……また……拝めるとはッ……!」


 宏樹だった。いつものギャグテンションかと思いきや、ガチ泣きしてる。


「おい、宏樹……お前までかよ」

「何度夢に見たと思ってる!? お前がベッドに横たわり、俺が手を握って──って、なに言わせんだ俺ッ!」

「やめてくれ……俺の尊厳が崩壊する……」


 そんな、もはや伝説の勇者か何かになった俺の元に、今度は静かに気配が近づいた。


「……誠司君、元気そうでよかった」

「本当に……一ノ瀬さんが復活して、安心しました」


 由依さんと瑞希さん、二人が並んで現れる。……なんだろう、2人が現れてから、クラスの空気が数度下がった気がしたのは。


「なんか、二人ともすごい顔してるな」

「そ、そんなことないよっ。……あ、今日のお昼ね、とっても豪華にしてきたから!」

「ええ、楽しみにしていてください。一ノ瀬さんのために、由依さんが……夜なべして作っていましたから」

「わ、瑞希さんっ、それは内緒……っ」


 由依さんが頬を染めて、瑞希の袖を引っ張る。……いや、なんかもう、普通に告白レベルの献身じゃないか、それ。


「と、とにかく。今日のお昼、絶対に残しちゃダメだからね、誠司くん!」

「……重い……いや、ありがたいけど」

「ふふ、いい反応ですね。一ノ瀬さん、またお昼に」


 二人はさっそうと背を向けて、去っていく。残された俺は、教室の視線が全方位から刺さってくるのを、受け止めきれずに机に突っ伏した。


 ……もういっそ、風邪引いてたほうがマシだったかも……。









 放課後、帰ろうとしたその瞬間だった。


「誠司くーん! ちょっと、寄ってってー!」


 まさに背中に声が突き刺さった。まるで弓矢。


 渋々振り返ると、マリ先生がにっこにこで手を振っていた。嫌な予感しかしない。そんな事を考えながら、研究室の扉を開けた瞬間。


「せぇーじくぅぅぅん~~~!!」


 やっぱり、泣きつかれた。


「ちょ、ちょっと待って!? セクハラで訴えますよ!? 本気で!!」

「えぇ~? 先生がこんなに心を込めて呼んだのに、訴えるなんて酷くない?」


 むぅっと膨れながら、やっと離れてくれるマリ先生。完全に子どもかこの人は。


「で? 今度は何の呼び出しですか。まさか、またテスト関係ですか?」

「ううん、今回は……新しい訓練♡」


 お、珍しくまともな案件か……?先生が机の上にぺたりと資料を出す。


「名前は篠宮つぐみちゃん。次に担当してもらう訓練対象者ね。前回のWデートが予想以上に良かったから、評価が爆上がりしてるの」

「は、はぁ……」

「ちなみにこの娘、ちょっと“要注意”」


 先生の指が資料の端を叩く。そこには、確かに赤文字で“要注意”とあった。


「……なんですか、この雑な警告文」

「それはね、つぐみちゃんがLPS訓練生の中でも『風紀強化指定対象』だからなの」

「風紀……強化……?」

「うん、男子にやたらとくっついたり、露出多めの服着たり、胸とか太ももとか……もういろいろアウト寄りの子。可愛いんだけどね? すっごく」


 先生がやたら楽しそうに言うあたり、絶対この人まともな教師じゃない。


「……そういうの、もっと前もって言ってくださいよ。めちゃくちゃ地雷っぽいじゃないですか」

「そう? むしろロマンが詰まってるって思わない?」

「それ、前回も聞いた気が……」


 資料の中の写真には、金髪に近い明るい髪色で、ピースサインを決めた女の子が写っていた。制服を着崩し、スカートはギリギリの短さ。笑顔は明るいけど、どこか底が読めない。


 篠宮つぐみ。新たな嵐の予感が、ひしひしとする。


「これ……マジで、俺、大丈夫ですか?」

「大丈夫大丈夫♪ ちゃんと見てあげてね? でも、気を抜いたら一瞬で落ちるかもよ? いろんな意味で♡」


 先生、そういうセリフはもう少し教師っぽく言ってください。本気で心配になりますから。


「でも、ちゃんと節度とルールに則って、接してあげてね」

「は、はぁ……」


 すごく不安だ。


「……ほんとに俺でいいんですか?」


 資料の表紙に書かれた【要注意】の赤文字が、じんわりと汗腺を刺激してくる。マリ先生の机の前で、俺はしばらく沈黙していた。


「大丈夫大丈夫! 前回のWデート、完ッ全に成功だったじゃない? あれを切り抜けたんだから、今回なんてちょちょいのちょい!」


 マリ先生は例のポーズ――両手でピースサインを作って、にこにこ顔で決めてくる。


「……その“ちょい”のスケール感、いつも適当ですよね」

「まあまあ、お願いね♪ 誠司くんしかいないの、ほんとに。あ、つぐみちゃん、男子苦手とかじゃないから安心して?」

「それ、逆に危険フラグなんじゃ……」


 要注意の理由、改めて思い返す。


 男子にぴったりくっつく。

 露出多めの服を好む。

 胸元の開き、スカートの短さ、ノーブレーキ。

 風紀強化対象。

 これは……つまり。


「……新手のバトルですよね、これ?」

「安心して、殺しにはこないから」

「そういう問題じゃないんですけど!?」


 なんだかんだで押し付けられるように頼まれて、気づいたら俺は資料を持っていた。完全にマリ先生の手のひらの上なんだよな。






 研究室のドアを開けると、廊下の向こうから制服姿の由依さんが駆け寄ってくる。


「誠司君っ!」

「あ、由依さん……どうしたの?」

「マリ先生に呼ばれてて……えへへ、もしかして、誠司くんとデートかなって思ったんだけど――」


 俺の手元を見て、由依の表情が少し曇る。目線はつぐみの資料へ。可愛い笑顔のギャルがピースしてる写真、見られた。


「……あ、この子、もしかして?」

「ああ……新しく担当することになった娘だね」

「そっか……」


 がっかりって、顔に書いてある。


「で、でも! ちゃんと頑張ってあげてね? その子にもきっと、何か事情があるんだと思うから」


 一瞬、目が揺れた。強がって笑う由依は、やっぱりいい子だなと思う。


「……ありがとな。あ、由依さんも呼ばれてたんだろ? 先生、さっきテンション高かったから、覚悟しとけよ」

「……うん、行ってくる。じゃあね、誠司くん」


 由依は小さく手を振って、研究室に入っていく。


 その後ろ姿を見送りながら、俺はため息を一つついた。……いろんな意味で、大丈夫かなぁ、俺。


 だって次の相手、ギャルで、問題児で、露出過多で、ぴったり密着してくるとかいう、どう考えても、フラグまみれの要注意人物だろ。

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