第22話 その後の3人
家の玄関を開けた瞬間、俺の視界に飛び込んできたのは、花林の満面の笑顔と、エプロン姿の母さんだった。
「おかえり、お兄ちゃんっ! よく……無事に帰ってこれたねっ!」
何その戦場から生還した兵士に向けるようなテンション!?
「……いや、普通に帰ってきただけなんだけど」
「なに言ってるの。今日みたいな訓練、前例ないわよ。女子ふたりとWデートなんて」
母さんがそう言って微笑んだ。しかもそのまま、リビングへと俺の腕を引っ張る。すると、そこには——
「……なに、このご馳走」
「お疲れさまパーティよ!」
どんっ! とテーブルに並ぶのは唐揚げ、ハンバーグ、オムライス、スイーツ……まさかの俺の好きなものフルコース。
「え、やりすぎじゃない? 別に戦争から帰ってきたわけじゃ……」
「むしろそのくらいの大変さだったんでしょ? 女の子ふたり相手に、一日ずっと気を使って!」
「……まあ、それは……ちょっと、な」
「正直だなーお兄ちゃん」
花林がにやりと笑いながら、空いてる椅子をポンポンと叩く。
俺は言われるがままに席に着いて、母さんの作った料理を少しずつ口に運ぶ。いつもの味なのに、妙に沁みる。
「で、どうだったの?」
——来たか、尋問。
「いや、まあ、その……無事に終わったよ。ふたりとも楽しんでくれたし」
「ふたりとも?」
「……ん?」
「瑞希ちゃんと由依ちゃん、どっちのほうが“あーん”してきた?」
「……なんで知ってるんだよ!?」
「報告書に書くんでしょ?」
花林がストレートに突き刺してくる。思わず、フォークを落としかけた。
「あー……それ、まだだった……」
「あはははっ、お兄ちゃん真っ青じゃん!」
花音が笑ってる横で、母さんはそっと言った。
「ご飯食べたら、さっさとお風呂入って、報告書書いて、寝なさいね」
「……鬼か」
「母親です」
ご馳走食べてる場合じゃねぇ!
俺は勢いよく料理を口に押し込み、無言で食べ進めていく。
「でもさ、お兄ちゃん」
「ん?」
「——おつかれさま。今日もちゃんと頑張ったね」
その言葉に、思わず動きが止まる。
母さんもにっこり笑ってうなずく。
……なんか、やっぱりこの家、あったかいな。
「……ありがと。じゃ、俺、自分の部屋戻るわ」
「はーい、報告書頑張ってね~」
「寝落ちしても知らないからね~」
ふたりの声に背中を押されながら、俺は顔をちょっと赤くしつつ、自室のドアを閉めた。
「……ふぅ、今日はいろいろあったな」
部屋のドアを閉め、椅子に座ると、ようやく一息つけた感じがした。カバンからくしゃっと折れたファイルを取り出して机に広げる。今日の訓練報告書──例の、女子2人とのWデートのレポートだ。
「って、2枚……だよな。ちゃんと」
ちらっと机の隅に置いた自作のメモ帳を見る。メモには、由依があーんしてくれたグラタンの味とか、瑞希がウサギをキャッチしたときの反応とか、細かいことまでメモしてある。
「……これ、訓練っていうか、デートの記録だよなあ……」
思わず苦笑してしまう。けど、どれも大切な思い出で、そして──俺の任務でもある。
「ま、いっか。書くか……」
カリカリとペンを走らせながら、ふと思い出す。由依が真っ赤な顔で口を開けていた姿、瑞希がドヤ顔で「ウサギの耳はダメなんですよ」って言ってた姿……どっちも、ちょっと反則だった。
「……そりゃマリ先生もメモ取るわけだ」
そうぼやいていると、不意に──
「へっくしゅん!!」
盛大なくしゃみが出た。
「……え? 俺、今……誰かに噂されてんのか?」
鼻をこすりながら、首を傾げる。でも、なんとなく……寒い。さっきまでそんなことなかったのに。いやいやいや、気のせいだ、気のせい。
「Wデートなんて人生初だし……そりゃ疲れもするって。俺のHP、もはや赤ゲージだし……」
カリカリ……。
ペンを持つ手がちょっと重くなってきた気がしたけど、気にせず書き進める。今日はちゃんとやり遂げたんだし、それを形にしないと。
「……あー、でも……明日の朝までに出さないとダメなんだよな、これ……」
思い出話を書きながら、少しずつ文章に熱がこもっていく。
「……ふぅ、終わった……」
最後の一文を書き終えたところで、もう一度小さくくしゃみが出た。
「……なんか、寒い。いや、夜だからな。そうだ、夜だから……」
薄手のジャージを羽織って、ベッドの上にごろりと横になる。カーテンの向こう、夜風が静かに揺れていた。
「あぁ……、今日も疲れた……」
こうして、俺の初めてのWデート──いや、訓練は、ひとまず幕を下ろした。
side由依
「……っ、ふぅ……」
部屋のドアを閉めた私はベッドにダイブした。
「ん~~っ! 終わったぁ……!」
お腹いっぱい、心もいっぱい。だけど足はパンパン。もう動きたくないってレベル。だけど、すごくすごく、幸せな疲れだった。
と、スマホが震える。
《月岡瑞希》
着信表示を見て、思わず笑みがこぼれる。
「もしもし、瑞希ちゃん?」
『おつかれさまです、由依さん。今日、一日お疲れさまでした』
「うん、お疲れさま……って、まだ元気じゃない?」
『ふふっ、気が抜けたらちょっとぽわぽわしてきました。でも、達成感ありますよね』
「あるある。誠司くん、最後までよく頑張ってくれたよね」
『ですね。あの“あーん”のくだりとか……』
「や、やめてぇ! 思い出すと顔がぁ!」
『赤くなるの早いです、由依さん。かわいかったですよ』
「うぅ~……瑞希ちゃんのほうがずっと堂々としてたじゃない」
『そ、そうですか?』
2人で今日のWデートの話題で盛り上がってしまって、気が付けば一時間も話していた。
『また……Wデートできるといいですね』
「うん、また……行こう、絶対」
その一言で、ふと今日の空気が胸に広がって、じんわり温かくなった。
「じゃあ、またね。おやすみ、瑞希ちゃん」
『おやすみなさい、由依さん』
通話を切って、スマホを枕元に置く。
ふぅ、と息を吐いてから、私は毛布にくるまりながら目を閉じる。
それからしばらく、心臓のドキドキが収まらないまま、私は毛布の中で丸まっていた。
……次は、ふたりきり。……観覧車とか乗れたらいいな。……観覧車のてっぺんで、ふたりきりで……って、なに妄想してるの私~~~!
こんな妄想するなんて私どうかしちゃってる……。きっと疲れて脳がおかしくなっちゃてるんだ。早く寝なきゃ……。
そんなことを思いながら、私はそっと目を閉じた。
side瑞希
「……ふぅ」
スマホの画面が暗転して、通話が終わる。
由依さんとの電話を切った私は、ベッドに背中を預けた。シーツが体の熱をふわっと受け止めて、じんわりと一日の疲れが滲み出してくる。
「うん……今日も、頑張りました」
自分で言うのもなんだけど、よくやったと思う。由依さんも、誠司くんも、もちろん私も。
でも。
「……もうちょっとだけ、余韻に浸っても、バチは当たりませんよね?」
私は身を起こして、部屋の壁際、ハンガーにかけたままの一着の服を見る。
あのとき、一ノ瀬さんが「似合ってる」って言ってくれた服。少しだけ肩の開いた、シンプルな白シャツに、ネイビーのプリーツスカート。
ふふ。やっぱり、この服……一ノ瀬さんに選ばれたって思うと、嬉しいですね。
そう。あのときのあーんも、うさぎキャッチもいろんな思い出が、この一着の服に染み込んでいる気がする。
「もし、この服を着て……」
隣に一ノ瀬さんがいて。
寒い夜、キラキラしたイルミネーションの下を歩いて。彼の手が、ふいに私の手を――
「……って、あ゛あ゛あ゛あ゛っ!」
両手で顔を覆って、ベッドにバタッと倒れ込む。枕に顔を埋めたまま、私は悶えていた。
「そんな展開まだ早いですし、訓練の一環じゃないし……でも、もしあったら……っ!」
いかんいかん、と心のブレーキを踏んでるつもりなのに、脳内の妄想エンジンはアクセル全開で暴走中。
手をつないで、夜の街へ。そのまま……
「!! ばか、わたしのばかっ!」
私は自分の枕をばふんと叩く。
訓練なのに、こんな妄想してはいけません。これは任務で、ミッションで、そう簡単に舞い上がっていいようなものではない。
「もう寝ましょう」
そうつぶやいて、布団にくるまり目を閉じるのだった。
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