第21話 ふわふわ注意報発令中とWデートの締めくくり

 昼食を食べ終えた俺たちは、自然とデザートの話になった。


「そろそろ、甘いのも欲しくなってきたな。パンケーキとか頼んで……」

「……ダメです、一ノ瀬さん」


 由依さんが微笑みながら、俺の注文ボタンに伸ばした手をすっと止めた。


「え?」

「ここでは食べません」

「デザートは別の場所に――ですね」


 ……と、瑞希さんもにっこりと笑って、なぜか完全に連携が取れてる。なにそれ、こわい。


「え、なんかもう全部決まってんの?」

「はい、もちろんです♪」

「さあ、出発しましょう」


 会計を済ませて、ふたりに引きずられるようにしてファミレスを後にし、到着したのは――。


「……ウサギカフェ?」

「はいっ! 瑞希さんの熱烈なご要望で!」

「ええ。前回、少しトラブルがあって……名誉挽回を」


 店の中に入ると、前に俺に飛びついてきた張本人……じゃなくて張本ウサギを担当してた店員さんが、平謝りしてきた。


「この前は申し訳ありませんでした! 今日はサービスさせていただきますので!」

「あっ、いえ、そんな――」


 止める間もなく、すでに店員さんは店の奥へと逃げるように消えていた。


「別にそこまでしなくていいのに……」

「一ノ瀬さん、こういうのは店員さんの言う通り、ご相伴に預かるのが習わしですよ」

「そうだよ、誠司くん」

「そ、そうなんだ」


 苦笑しながらソファ席に腰掛けると、既に由依さんの膝の上には、まるで王の椅子のようにウサギが鎮座していた。堂々たる姿だ。


「わあ……ふわふわ……。ね、ね、瑞希さん、耳とか、触っても大丈夫?」

「……ちょっと待ってください!」


 横から、瑞希さんの鋭い声が飛ぶ。


「耳はダメです。あと、足とお腹も絶対に触っちゃいけません。特にお腹はダメですから」

「ええっ、そうなんだ!?」

「うむ、基本です」


 どこからか取り出した小型の冊子――『ウサギの心得』と表紙に書かれたそれを手に、瑞希さんはいつもの無表情で説明を続ける。


「ウサギは基本的に防御本能が強い動物なので、嫌な場所を触られると警戒して逃げるか、場合によっては噛みつきます」

「ええ……瑞希さん、めっちゃ詳しい……」

「嫌われるの、嫌ですから。好きな相手には、なるべく良い印象を持たれたいですよね?」


 まぁ確かにそうかも。ウサギに嫌われたらショックで倒れそうだな、瑞希さん。


 由依さんは膝の上のウサギをなでながら、瑞希さんの説明にうなずいている。


「……瑞希さんって、ウサギ詳しいんだな」

「はい。好きな動物に嫌われたくないので、最低限の知識は持つようにしています。──あと、ウサギはストレスに弱いですから、触れ合いにも気配りが必要です」

「……おお……プロっぽい……」

「プロじゃないです。むしろ、これから目指すべきスタンスだと思っています、LPS訓練におけるパートナーとの関係性も含めて」

「真面目すぎて逆に感心するレベルだな……」


 さらっと凄いこと言ったな、この人。


 そうして、俺たちのウサギカフェタイムは始まった。


 瑞希さんが説明し、由依さんがリアクションし、俺はというと――完全に保護者ポジである。


 でもまあ、悪くない。ふわふわした空間で、ふわふわしたふたりに囲まれてる。ちょっと非現実的だけど、なんか、すごく穏やかだ。


「……一ノ瀬さん、どうしました?」

「いや、なんか……今日、すげえ平和だなって思って」

「それは……このウサギたちの癒し効果ですね」


 ふたりが顔を見合わせて、ちょっとだけ照れくさそうに笑っていた。


「……今日は、発情期を迎えたオスウサギはいなさそうね。残念だわ」


 インカム越しにマリ先生の声が聞こえた瞬間、俺は心の中で思わず天を仰いだ。いや何が“残念”なんだ。これ訓練だよな? 本当に。


 由依さんと瑞希さんはキャッキャとウサギたちを眺めている。ああ、癒やされてるなあ……と、俺もほんのり和んでいたそのときだった。


「うわっ……!」


 視界の端で、白くてモフモフした影が跳ねた。その跳躍力、前と同じヤツ──。


 あの時、俺の腹にダイブしてきた、問題児のオスウサギだった。


 いや、お前……ケージの中に入ってるんじゃなかったのか……?


 そんな事を考えていると、オスウサギの目が光り、今度は由依さんに向かって飛びつく。


 やべぇ、と体が先に動いた。思わず前に出ようとする俺だったが。


「キャッチ完了、です」


 ヒュッと空気が裂けるような音の後、オスウサギは瑞希さんの腕の中にすっぽりと収まる。


 ……いや、すごい。何それ。反射神経、ガチの体育会系じゃないか。


「す、すみません……ありがとうございます、瑞希さん……!」

「由依さんに飛びつこうとした以上、私が止めるべきでしたので」


 瑞希さんはそっとそのウサギを撫でながら、眉をひそめていた。


「この子……もう発情期じゃないと思うんですが……条件反射?」

「いやいやいや、条件反射で女子のスカートにダイブするのやめてくれ……」

『ええっ!? ちょ、まさか由依ちゃんに!?』


 マリ先生が慌てたように叫ぶ声が、インカムから飛んできた。


「ええ、ギリギリで瑞希が助けてくれました」

『あらー……見たかったのに、由依ちゃんの──』


 プチッ、と。


 やってられるか。


「……一ノ瀬さん?」

「いや、なんでもないよ」


 そう言って、俺はソファ席に座る。


 後で何か言われたら、電池切れたことにしておこう。


 向かいの由依さんは、まだちょっとだけ顔が赤かった。


「本当に……ありがとうね、瑞希さん」

「いえお気になさらず」


 隣で、瑞希さんはオスウサギを膝に乗せながらそう呟く。


「……でも、今度また別のウサギが狙ってきたら……私、即封じますから」

「頼もしい……」


 そんな会話をしながら、俺達はケーキなどを注文し、ウサギのモフモフを堪能していたのだった。






 ラストの流れに心もお腹も満たされた俺たち。店を出ると、もう夕暮れどきだった。


 「さ、次は最後の場所に行くよ」

 

 由依が小さく囁く。


「どこに行くの?」

 

 公園へ向かう俺を見て、瑞希がすっとそばに寄る。


「内緒。来てのお楽しみ」

 

 二人ともくすりと笑って、俺を先導するように歩き出した。


 しばらく歩いて着いたのは、少し大きめの緑に囲まれた公園だった。


 暫く、2人について歩いていると、目の前に展望台が見えて来て、三人で階段を上がる。


「うわぁ……すごく綺麗……」と由依さんが息を呑む。階段を抜けた瞬間、眼下にオレンジ色の光が広がっていた。夕日がちょうど沈む寸前の絶景だ。


「……おお」


 思わず声が出た。沈みかけの太陽が街を黄金に染めていて、その光景にしばらく言葉が出てこなかった。


「本当はイルミネーション見に行きたかったんですけど、先生が許してくれなくて……」


 由依さんがちょっとだけ口を尖らせてそう言った。


『夜は危険だからねー』


 その瞬間、インカム越しにマリ先生の声が割り込んできた。まるでどこかで聞いてたかのような絶妙なタイミングだ。


「……聞かれてたか」


 いつからオンになってたんだよ。こわっ。


 苦笑しながら肩をすくめると、瑞希が隣で小さく吹き出した。


「でも、ここもすごく綺麗です。夕日のグラデーションがとても印象的」

「うん……私、こうやって今日の締めくくりができて嬉しい」


 由依さんも、ふわりとした笑みでそう言った。


 2人の笑顔に、なんだか胸の奥がじんわりと温かくなる。


「俺も、楽しかったよ。……最初は正直、どうなるかと思ったけど」

「えへへ、私もです」

「私も。……また、やりたいですね」


 由依さんと瑞希さんが、ほぼ同時にそう呟く。


 けれど俺は、ちょっと苦笑いを浮かべながら言った。


「……いや、もうちょっと間を空けさせて。正直、体力が限界」


 由依さんと瑞希さんが、吹き出す。


「そりゃそうですね。2人相手にデート、なんて普通じゃないですから」

「でも、よく頑張ってくださいました」


 瑞希がさらっと言うと、インカムの向こうからも拍手の音が聞こえてきた。マリ先生だ。……まさか本当に拍手してるとは。


「……次は、3人でテーマパークとか行けたらいいなー」

「絶叫アトラクションに乗ってみたいです! 瑞希さん、得意そう」

「そう見えて、苦手だったら可愛いですよね?」

「それを言うなら、由依さんも……」


 そんな風に話が弾みながら、俺たちは展望台の上でしばらく夕日を見つめていた。


 その後、夕日を堪能して、展望台の階段を下りきった瞬間だった。


 ――ピピピッ、ピピピッ。


 耳に装着されたインカムから、柔らかい通知音。LPS訓練終了の合図だった。


『はーい、これにて本日の訓練は終了! 三人ともお疲れさまでした~!』


 真っ先にマリ先生の、どこか解放感すら滲む明るい声が飛び込んできた。


「終わった……んだよな、今の音って」

「うん、訓練終了の合図。聞き慣れた音だけど……今日は、ちょっと違って聞こえたかも」


 由依が微笑む。その横で瑞希もそっと頷いていた。


『誠司くん、今日は本当によくやったわね。LPS男子とは思えないくらいの安定感だったわ。うちのラボの誇りね』


 マリ先生の言葉に、何人か別の研究者たちのざわめきがインカムの奥から聞こえてきた。


『身体能力もそうだけど、状況判断、精神的な安定、どれも高水準。訓練データ、これ分析するの楽しみですね』

『由依さんと瑞希さんの成長も見えてきましたし、これ、論文一本いけるんじゃないですか?』


 ……論文て。俺、被験者だぞ。


「ふふっ、なんか誠司くん、人気みたいですね」

「……人気は、もうちょっと別の形で欲しいけどな」


 思わず漏れた本音に、2人が楽しそうに笑ってくれたから、まぁ報われた気はした。


『……何事もなくて、本当によかった』


 ふいに、インカム越しのマリ先生の声が少しだけトーンを落とした。


『誠司くん、由依ちゃん、瑞希ちゃん。どこかで何かが起きてもおかしくない。それだけの負荷をかけた訓練だったから……。でも、ちゃんと乗り越えてくれて、ありがとう』


 その声音に、俺は少し驚いた。マリ先生が、こんな風に感情を隠さずに話すのは、珍しい。


「先生、……大丈夫ですよ。楽しかったですし、ちゃんと、支えてくれた人もいますし」

「うん、そうですよ。今日は、みんなで頑張ったって思ってます」

「また、次の訓練も……誠司くんと一緒に受けたいな」


 由依さんと瑞希さんの言葉が、夕暮れの余韻に溶け込んでいく。


『……ん、じゃあ今は何より、無事に帰ることを優先してちょうだい。2人とも、誠司くんを家の近くまで送ってってね~♪』


 そんなわけで――今日の訓練の締めくくりは、2人のヒロインに挟まれての帰宅路。家の近くまで来て、また少しだけおしゃべりして、名残惜しそうに手を振って別れたのだった。

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