第14話 この気持ち、報告書には書けません

「誠司くん」

「ん?」

「……その、誠司くんのお部屋を、見てみたいなって……」


 晩御飯を食べ終えた後、急に由依さんはそう聞いて来た。


 このお嬢様、目が本気だ。まぁでも別にやましいものは置いてない(はず)だし……大丈夫だろ。


「……わかった。でも本当に何もないよ?」

「ありがとうございます」


 そんなやりとりを経て、俺の部屋のドアが開かれた。


 すると、由依さんが部屋に入るなり、まるで初めて文明を見た古代人みたいに周囲を見回す。


「ベッド、普通。机も、木製。カーテン……遮光?」

「どんな分析してるの」

「だって……男の子の部屋なんて、初めて……なんです」


 顔を少し赤らめながら、照れくさそうに言うその姿に、危うく俺の理性がマリ先生に提出されそうになった。


 由依はしばらく部屋の中を静かに見回したあと、ふと机の上に置かれた書類に目を留めた。


「あ……これ、報告書、だよね?」

「うん、今日の訓練の分」

「……見ても、いいですか?」


 彼女は丁寧に確認を取ってから、報告書に手を伸ばした。


 その控えめな仕草と口調があまりにも“らしくて”、俺はつい安心してしまう。


「まあ、別にいいけど……」


 まぁ別にやましい事は書いて無しだいじょぶ……。いや待て。ここで俺はふと思い出す。


 確か俺、瑞希さんのパンツの件……きっちりと書いてたよな俺……?それを見られるのだけはまずい!!


「由依さん、ちょっとそれはっ……!」


 だが遅かった。


「…………」


 由依さんは報告書の一枚に目を落とし、表情が完全にフリーズしていた。


 視線は一点を凝視して動かない。あー間違いなく「下着視認の可能性アリ」ってとこだ。


 やっばい、どうする、もういっそ今から燃やす? いやいやもう見られてるから、今から燃やしたところで手遅れだ!


「お兄ちゃん、そろそろお茶でも淹れるー?」


 パニックに陥ってるいるところへ花林がノックもなく入ってきて、その瞬間、由依の手から報告書をスッと抜き取った。


「あっ、これって訓練報告書? へえー……って、えっ? えっ!?」


 花林が俺の書いた報告書を音読しはじめる。


「下着視認の可能性アリ。ウサギに飛びつかれた際、椅子から転げ落ちた瑞希さんのスカートの隙間からインナーらしき布が視界に入ったが、意図せざる視認であるため、セクハラには該当しないと考える……なにこれ、情報量!」

「返せ! 今すぐそれ返せ!」

「兄ちゃん……まさか、自ら被害に……? 瑞希って人に?」

「ちっ、違う! というかなんでそっちの被害者になるんだよ!」

「いやいや、“インナーらしき布”ってなんだよ。曖昧にしてるとこが逆にエロいわ!」


 花林が勝手に盛り上がりはじめる横で、由依さんはまだ硬直したまま。微動だにしない。


「由依さん……?」

「…………うさぎ、って……そういう……」

「いや、あの、違う、そういう意味じゃなくて!!」


 俺はついに腹をくくって、今日のウサギカフェでの出来事をすべて話すことにした。


 ウサギが急に飛びついてきたこと。


 俺が避けきれず瑞希と接触してしまったこと。


 そのときに視界にパンツがインしたこと。


 そして、これは事故であり、俺に非はないということ。


 説明し終わったとき、二人はなぜか揃ってホッとした顔をしていた。


 

「そっか……誠司くんが、悪いわけじゃ……ないんだね……」

「分かってくれて、良かった」

「逆にあの状況でインを報告書に書くお兄がすごいわ……むしろそれを読んでる私たちもすごい」

「いや、報告書に書かないと後でバレた時にとんでもないことになるから」

「私の自転車の時のも詳しく書いてなくて怒られましたからね……。結構厳しいんですよ」



 花林は「へぇー」と納得した様子だった。にしても誤解が溶けて本当に良かった……。


 そして、空気が少し和んだと思ったその時。


「で? どんなパンツだったの?」

「は?」

「色とか柄とか、見たでしょ?」

「いやいやいやいやいや!!」


 口角はニヤニヤMAX。そこに、まさかの由依まで乗ってきた。


「……き、気になります。訓練の、参考に……なる、かもしれませんし……」

「由依さんもか!!」


 何だこの連携プレイは!


「というかおまえら、俺の人権はどこいった!? セクハラで訴えるぞ!」

「ごめんなさい……でも、ちょっとだけ、気になってしまって……」


 申し訳なさそうに言うもんだから、俺も怒るに怒れなくなってしまう。……この家、もうちょっと俺に優しくていいんじゃないか?


 そんなわけで今日もまた、報告書は災厄の種だった。次の訓練報告には「妹とお嬢様にセクハラを受けた件について」と書き添えるべきか、ちょっと真面目に検討したくなっていた。











 俺の部屋でのカオスな攻防戦からしばらくして。


 インターホンが鳴ったと思ったら、玄関には由依さんのご両親が迎えに来ていた。どうやらと既に連絡済みだったようだ。


 玄関前では、由依さんの母と俺の母が立ち話をしている。

 

「……すみません。うちの家族、ちょっと、こう……押しが強くて」


 玄関の壁に寄りながら、俺は由依に頭を下げた。


 だけど由依さんは、ふわっと微笑む。


「ううん、全然。あたたかくて……素敵なご家族だと思いました」


 そう言ってくれる彼女の表情は、昼間の訓練のときとは違って、少し砕けて見えた。


 なんだろう、どこかほっとしているような。少なくとも“旧家のお嬢様”という肩書きを背負ってる風には見えなかった。


「意外でした。誠司さんがああやって、妹さんにツッコまれて困ってる姿とか……とっても普通で、可愛らしいなって」

「いや、可愛らしいって評価はちょっと語弊があるというか……男子としての尊厳が……」

「ふふっ、ごめんなさい。でも、私……少し安心したんです」

「安心?」

「はい。学校では、誠司さんってすごく落ち着いていて、どこか距離があって。でも、今日お邪魔して……その、ちょっと抜けてるところもあるんだなって思ったら……」


 由依さんは、頬にかかる髪を耳にかけながら、少し恥ずかしそうに言った。


「……人間味があって、親しみやすいなって」


 その言葉に、思わず背中がむず痒くなる。


 いやまあ、親しみやすさが取り柄って自覚はあるけど、面と向かってそんな風に言われると、どう反応していいかわからない。


「……そっか、なら、良かった。うちがちょっとうるさくて、気を悪くしてたらどうしようかと思ってた」

「うるさくなんて……むしろ、羨ましいです」


 ぽつりと零したその言葉が、妙にリアルだった。


 旧家育ちの彼女が、ずっと家のしきたりやら格式やらに縛られていたことを思えば――今日のこの普通の家の空気が、どれだけ新鮮だったか、なんとなく分かる気がする。


「由依。そろそろ帰るわよ」


 玄関から優雅な声が響いて、俺たちは同時に振り返る。


「今日はお世話になりました。一ノ瀬誠司くん、でしたね?」

「は、はい。誠に僭越ながら、LPSの任務を……その……」


 慌てて頭を下げる俺に由依の母は、ふっと微笑んだ。


「由依から聞いております。とても丁寧に接してくださったそうで。……まだ不慣れな子ですが、何卒よろしくお願いいたしますね」

「こ、こちらこそ、由依さんには色々と気を遣ってもらって……」


 なぜか、逆に恐縮されてしまっている。こちらの方が立場が低いはずなのに……。


「……それでは、誠司くん」


 由依の母が、上品に頭を下げる。


「……不束者ですが、今後とも娘をよろしくお願いしますね」


 え、なにその結婚の挨拶みたいな定型文。


「ふ、不束者って、いや、あの、まだそういう関係というか、訓練で……」

「ふふ、冗談ですよ」


 冗談に聞こえない雰囲気が、家の空気をほんのりと重くした。


 そんな中、由依の父親がやや無表情気味に頷きつつ、腕時計をちらり。


「行きましょうか、由依」

「はい。……誠司さん、また学校で」

「うん。じゃ、気をつけて」


 2人は如何にもお金持ちが乗っていそうな黒い乗用車に乗って帰って行った。


「……ふぅ〜〜〜! やりきった感!」


 背後から花音が声を張り上げてきた。


「いや何をやりきったんだよお前は」

「だってーあんな綺麗なお嬢様と家族っぽくリビングでご飯食べて、自然な流れでお兄ちゃんの部屋でパンツ話して、最後は親公認とか、これってもう婚約フラグでしょ!?」

「いや、どんなストーリーテンプレ見てきたんだよ」

「お兄ちゃん、これはもう覚悟しといた方がいいと思うなー。あの子、絶対ちょっと惚れてるよ」


 そう言ってニヤニヤ笑う妹の言葉が、どこか図星を突いている気がして、俺はなんとも言えない顔になった。


 ……いや、でも、違うだろ。あれは訓練での信頼関係とか、そういうやつで……ん?待てよ?それもフラグじゃないか。


「……もう、なんかいろいろ考えるのやめよ。今日は寝る。風呂入って寝る」

「お兄ちゃん、報告書の続きは〜?」

「それは……明日の朝だ。朝の脳でやる方が効率いいから」


 逃げるように部屋に戻った俺は、思わずドアを閉めて深呼吸。


 由依の、あの笑顔が頭から離れない。 ――親しみやすい、って。あの言葉、なんか、妙に効くんだよな。


 俺の頭の中ではその言葉が何度もこだましていたのだった。

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