escape2−7

 手の込んだことしてんじゃねぇよ。

「……もういいから、さっさとこれ解け」


 悔しいけどちゃんとゲーム性があったのは認めてやらなくもない。


「今解くね」


 オミは、口角だけで笑う。

 いつもの顔だ。ゲームで連鎖が成功した時みたいな。


 俺がため息混じりに天井をにらんでいると、しゃがみこんだオミが、どこか満足そうに見下ろしてくる。


「ほんっと、つき合わされたこっちの身にもなれっての……」


 ホント、何に付き合わされたんだよ、俺。


 ぼやきながらも、少し気が緩んだ。


 けど、その直後だった。


 オミが静かにクローゼットを開け、中から白いチューブを取り出した。


 ……は?


 動けない俺の目の前で、オミは淡々と、指先にクリームを取り、背後に回る。


 ——やべ。なんだそれ……?


「何だよそれ」


「テープ、剥がすんでしょ?」

 オミが不思議そうに言う。


 ビリ……

 聞き慣れた粘着音のはずだった。


 けど、クリームがなじんだあとのテープは、想像よりも静かに、じわじわと肌から離れていく。


 最初に剥がされたのは、右手首。


 肌からテープが離れた瞬間——熱いものが、流れ込んでくる。


「っ……あ、」


 反射みたいに息が漏れる。

 声というほどでもない。けど、出ちまった。


 血の流れが戻るだけで、なんでこんな。

 そんな感覚に、胸がざわつく。


 オミの指は、ただ淡々とテープを剥がしているだけ。

 それなのに——。


 なんか手つきが。


 優しすぎる。

 まるで、壊れものでも触るような。


 そんな風に感じた俺の方が、おかしいんだろうか。


「……なあ、後は——」


「あと少しだけ」


 短く返された声に、言葉の続きを飲み込んだ。


 “後は自分でやる”

 頭ではそう言おうと思ってたのに。


「次、左ね」


 オミの手がテープ越しに触れた途端、声は喉のどこかに消えてなくなった。


 左も同じように解かれていく。

 指先が震えて、少しずつ感覚が戻ってくる。


 時間にしてせいぜい数十秒程度。


 クリームのぬるっとした冷たさと、剥がされるときのチリチリした刺激が交互にやってくる。


 それが冗談みたいに長くて。


 動かせなかった指先に、熱が行き渡る。 


「……っ、は……っ」


 息が漏れるのが、止められなかった。

 まるで——

 いや、違ぇ。

 俺は、ただ……血流が戻っただけで、クリームが冷たかっただけ……。

 そうだよな? そうってことで、頼むから。


 ——!


 腕が自由になった瞬間、急に、やばい違和感。


 ……下半身が。


 ……いやいやいや、ありえねぇだろ。

 違うって。これ、絶対違ぇって!


 意識なんかしてなかった。してなかったはずなのに、

 多分、疲労と、冷たさと、熱さと、優しすぎる手つきと、血が戻る感覚と——

 それが全部、変なふうに重なって。


 なんで、こんな時に……。


 オミに気づかれたかな。

 視線は、自分の手元しか見ていないみたいだが……。

 けど、この距離感。この沈黙。

 こいつ、わかってて黙ってる可能性、普通にある。……やめろ、マジで。


 ふざけろよ。

 「おやぁ?」とか、「ケイくん、緊張してる?」とか、なんか言って茶化してくれよ。

 このまま無言で続けられたら、俺、マジで死ぬ。


 落ち着け……落ち着けって、俺。

 いつもの気ぃ紛らわすやつ。三角関数だ。

 

 積和公式。

 sin+sinは2sincos、cos+cosは2coscos。


 さすって、こすって、こすっ……

 ——違ぇ!


 今そっち思い出すとか、自分で自分ぶん殴りてぇ……!!


 sin+sinは2sincos、cos+cosは2coscos。

 サイタコスモスコスモスサイタ。


「……コスモス?」


「うぁ……。こっちの話!」

 声に出ちまってた。なに口走ってんだよ俺。


 そうしてる間も右足首にクリームが塗られる。

 それだけで、背筋がまたゾワっとする。


 剥がされた瞬間、また息が……。


 なんでだよ、ほんとに……

 なんで、ただのテープ剥がしで、こんな。


「っ……あ、あのさ、もう……」


 かすれた声が出る。


 そんな俺の迷いを見透かすように、オミが左足の方に手を伸ばす。

 一瞬だけ、動作が止まった気がした。

 そのまま、何も言わずに次のテープへと移る。


 左足のテープが剥がれるとき、喉がまた勝手に音を立てた。


「っ……は……っ……」


 自由になったはずの手はまだ役に立たなくて。

 別にオミに何か妙な事をされてるわけでもなく。

 助けてでもなく、止めてくれでもなく。

 ただ、この状況が一秒でも早く終わってくれることだけを願っていた。


 ……バレてない、よな?


「はい、全解放〜。お疲れ」


 足首まで解放され、すべての拘束がなくなったはずなのに——

 体は、動かなかった。


 なんかまだ、腕も足も妙に鈍くて。

 クリームを塗る手の感触が肌に残ってる感じ。

 何だったんだ。あの大事な物を扱うような優しい手付き。


 いやいやいや

 ……違ぇだろ。

 ただ剥がされてただけ。

 優しくされたように感じたのも、気のせい。

 ……下が反応したのも、偶然。そう、たまたま。たまたまの……生理現象。


 でも——。


 それでも、俺は……。

 あの時、“解放されたこと”に、気持ちよくなっちまったんだ。


 あと一箇所剥がす場所が他にあったら、本気でヤバかった。


 ……これ、絶対罠だろ。


 どこから間違えたのか——俺には、もうわからなかった。


「あ、そういえばケイ」

 オミが、いつもの調子で振り返る。

「さっきからちょいちょい声出てたけど、剥がすの痛かった? ちゃんと言ってね」


 ——全部、聞こえてたのかよ。


 ……マジで、死にてぇ。

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