第2話:はいはいするたび世界がちょっとだけ綺麗になる件について

生まれてから、だいたい半年くらいが経過した。


赤ん坊としての暮らしにも、ようやく慣れてきたところである。


具体的に言うと、夜泣きのタイミングとか、母親の「おっぱいタイム」の予測精度とか、あと、父親の“自分の息子が天才かもしれない”という勘違いをほどよく利用して、目をキラキラさせる練習とかだ。


そして、今世での名前。ラグ・ディースフェルト。


貴族っぽい姓に、ありがちなラノベ系ネームだが、正直嫌いじゃない。前世では「吉田春夫」とかいうありふれた名前だったので、まぁ、映える名前ってのはそれだけでテンションが上がる。


さて、肝心の“廃棄物処理”スキルについて。


これが、マジでヤバい。


初めてスキルを自覚したのは、生後3ヶ月頃のことだった。


寝返りの練習をしていた俺は、部屋の隅に転がっていた“何か”に触れた。それは、焦げた木片のような、いや、たぶん使用済みのおむつか何かの燃え残りだったと思う。


気づいたら、それが“溶けて”消えた。


一瞬で、跡形もなく。


「……あ?」


脳内で軽く警鐘が鳴った。何これ、怖。いやでも待て、これ、ひょっとして「スキル発動」か?


その後も試してみると、紙くず、虫の死骸、使用済みのオイル布、なぜか部屋に落ちてたサボテンの刺まで、何でも触れた瞬間に「サッ」と消える。煙も残らないし、臭いもない。異次元に吸い込まれるように、存在が“消去”される。


そして、ある日。


「まあ!ラグったら、いつの間にかお部屋のゴミを片付けてくれてるのね!」


はい、母親にバレました。


でも、それは怒られる類のものではなかった。


むしろ、母は「すごい子だわ〜!」と俺を高々と抱き上げ、父は「おおおお!ラグ、お前はやはり特別な存在だったのか!」と鼻水垂らして叫んだ。


違う、そんなつもりじゃなかった。単に部屋の隅に転がってたゴミを処理してただけなのに。


それ以来、俺は“はいはい”して移動するたびにゴミを処理する赤ん坊として、家中のメイドたちから拍手喝采を受けるようになった。


「さすがラグ様……歩く清掃精霊……!」


「処理したゴミがどこへ行ったかもわからない……魔法にも近い“浄化”ですわ……!」


違う、俺はただ、普通に部屋の隅っこを冒険してるだけなんだ。でも、こうなったらやるしかない。


スキルは使いよう。ゴミは減らして得をとれ。


はいはいするたびに、ちょっとずつ世界が綺麗になるなら、それはもうスローライフの第一歩だ。


ラグ・ディースフェルト、0歳、異世界掃除の革命児として目覚めた春の出来事である。

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