第39話 なんだか遠く感じる
放課後の吹奏楽部部室。
真悠は楽器の片付けをしていたが、ふと妃芽の様子に目を向けた。
妃芽はいつもの明るさが少し薄れていて、
時折、どこか遠くを見つめているように見えた。
「妃芽?」
真悠は自然に声をかけた。
「え? あ、ううん、別に……」
妃芽はすぐに笑顔を作ったけれど、どこかぎこちない。
その笑顔は、真悠が知っている妃芽のものではなかった。
「真悠が誰かとよく話してたり、笑ってるのを見ると、
なんだか自分が知らないところにいるみたいで……」
真悠は胸が締め付けられる思いだった。
「ごめん、妃芽。そんな風に思わせてたなんて」
真悠は言葉を探しながら、そっと妃芽の手を握った。
「私、妃芽のこと、ずっと大切に思ってる。
でも、自分でもどうしたらいいのか分からなくて……」
妃芽は真悠の手を握り返し、ほんの少しだけ安心したように見えた。
「ねえ、話して。何でも聞くから」
真悠はそう言いながら、妃芽の目をまっすぐ見つめた。
妃芽はその瞳の中に、かつての「親友」だけでなく、
もっと深いものを感じて、涙がこぼれそうになった。
放課後、吹奏楽部の片付けを終えた真悠は、ひとり音楽室の椅子に腰掛けたまま、動けずにいた。
今日、またひとつ「知らなくてよかったこと」を耳にしてしまった。
音無妃芽は、ひとつ上の先輩、植野純平と付き合っていたことがある。
そして、ただの交際ではなく、キスも、それ以上に深いことも、何度もしていたということも。
その話を聞いた瞬間、胸の奥に鋭い痛みが走った。
誰にも悟られないように笑ってうなずいたけれど、心は静かに崩れていた。
(どんな顔してたんだろう)
(どんな声を出してたんだろう)
(どんな風に触れられて、どんな風に応えてたんだろう)
考えたくない。想像なんてしたくない。
――でも、してしまう。
気持ち悪い。
そう自分でも思う。
妃芽のそういう姿を想像してしまう自分が、嫌だった。
けれど、それでもやめられなかった。
(私……どうしてこんなに妃芽のことばかり……)
ただの友達。
そう思い込んでいたいのに、
心の奥では、ずっと彼女が特別だった。
そしてその「特別な人」が、
もう誰かに全部触れられていたという現実。
それが、言葉にならないほど悔しくて、苦しかった。
――好き、なんて言葉じゃ足りない。
でも、だからこそ。
「もう、私に振り向いてくれることなんて、ないよね……」
真悠はそっと目を閉じて、小さく呼吸を吐いた。
その瞳の奥には、言えない気持ちが深く、深く沈んでいた。
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