第38話 気持ちがあふれて
放課後の静かな屋上。
二人きりの空間には、夕焼けのオレンジ色がゆっくりと染み渡っていた。
妃芽は少しだけ緊張した様子で、目を伏せていた。
真悠はその姿を見て、胸の中に込み上げてくる感情を抑えきれなかった。
「妃芽……」
声が震えた。
妃芽はゆっくりと顔を上げ、真悠を見つめる。
その瞳に映るのは、真剣で、切なくて、でも温かい光。
真悠は一歩近づき、自然に手が妃芽の頬に触れた。
心臓が激しく鼓動する。私に見せたことない顔があるなんて嫌だ。
「好きだよ……ずっと、ずっと」
そう言葉がこぼれそうになった瞬間、
真悠は気づけば、唇を重ねた。
初めてのキスは、驚きと戸惑いが混ざっていた。
妃芽の目が大きく見開かれた。
驚きと動揺が一気に込み上げ、彼女は反射的に真悠を軽く突き飛ばしてしまった。
「なっ……なに、急に……!」
妃芽の声は震えていた。
真悠は少しよろけながらも、真剣な目で妃芽を見つめる。
「ご、ごめん……びっくりさせたよね」
真悠は素直に謝った。
妃芽は息を整えながら、目を伏せる。
「だって……私たち、こんなこと、急に……
まだちゃんと自分の気持ちを整理できてないのに」
真悠はじっと聞いていた。
頭の中はぐるぐると考えが巡っていた。
――依与吏とも、貴秀ともキスした。
それは確かに甘くて、どこか切ない瞬間だった。
でも、あの時は…なんというか、違った。
「彼らとのキスは、どこか形だけで、感情が追いつかなかった」
そう感じている自分がいた。
けれど、真悠と交わしたあのキスは、
まるで胸の奥の扉をそっと開けてくれたみたいで、
どこまでも深く、強く響いていた。
心臓が高鳴って、息が止まりそうで、
でも決して怖くはなかった。
それは、初めて「本当に好きだ」と思える気持ちだった。
「私、知らなかった……こんなに誰かを好きになることがあるんだって」
そう自分に言い聞かせながら、
妃芽は少しだけ涙をこぼした。
それは、嬉しさと戸惑いと、未来への期待が混ざった涙だった。
夕暮れの帰り道。
妃芽は真悠と離れた距離を歩きながら、心の中で何度も自問していた。
(真悠のこと、私……好きなんて、認められない)
そう思う自分が、なぜか悔しくて仕方なかった。
「ただの友達だって言い聞かせてきた。
でもあのキスのあと、胸が熱くなって、苦しくて……」
妃芽は拳をギュッと握りしめる。
「好きなんて言ったら、全部が壊れてしまう気がする。
私、強くないから、傷つきたくないから」
でも、どんなに否定しても、
真悠を思う気持ちは消えない。
「――本当はね、わかってるの。
真悠のこと、誰よりも大事に思ってるって」
けれど、それを認めることはまだ怖くて、
妃芽は自分の感情にフタをしようとする。
「好きだなんて、そんなこと認めたら、私が私じゃなくなりそうで」
でも心は正直で、時折、真悠のことを見つめる自分を止められなかった。
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