第11話 となりの推しと、はじめての現場


「今日は、絶対に楽しんでいこうね」

藤井渚がリュックのチャックを閉めながら言った。

春の午後、私たちはライブがあるドームの前に立っていた。

ここは渚が推すアイドルグループのイベントが行われる場所だ。

「私、正直ライブとか初めてで…ちょっと緊張してる」

「大丈夫。俺がいれば怖くないよ。…たぶん」

ふたりで笑った。

会場の中は、薄暗くて、熱気と音で満ちていた。

ライトが光るステージ、歓声、ペンライトの色とりどりの波。

渚は周りのファンとも普通に話していて、私はちょっと場違いかもと思ったけど、

隣にいる彼の表情を見ると、自然と笑顔になれた。

「この曲好きだわ、かわいいよな」

「うん、あの子めっちゃ可愛い」

「渚が推してる子はどの子?」

「あのセンターの子!」

歌声が体の中に響く。

ライブ後、近くのカフェでお茶をしながら、ふたりで話した。

「推しに夢中になれるのって、すごくいいよね」

「うん、渚の話を聞いてると、私も“夢中”って感じを久しぶりに思い出す」

「俺たち、何かに夢中になれるのって大事だと思うんだ」

「私もそう思う」

渚がポケットから小さなペンライトを取り出して、私の手にそっと握らせた。

「これ、持ってて。いつでも俺の隣で振っていいから」

その瞬間、心が少し軽くなった。

帰り道。

私は渚に聞いた。

「これからも、一緒にライブとか行ける?」

「もちろん!また誘う!」

そう言って、彼は少し照れくさそうに笑った。

私は心の中で答えた。

「うん。よろしく、となりの推しさん」

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