今日もおやつはママの味(古賀コン参加作品)

巳波 叶居/叭居

おやつの時間



「クランチチョコパフェ生クリームマシマシ、チョコは『クランチー』じゃなくて『ショコラリエッタ』の方を使って」

「かしこまりました。IDをかざしてパスワードを入力してください」


ロボットの音声指示に従い、僕は社員証を読み取り面にかざし、パスワードを入力する。

すると背後に設置された大きな機械ががたがたとせわしなく動き出し、弊社の人気商品であるチョコレート菓子『チョコリエッタ』が放出され、ごりごりと調理機器によって砕かれる。ラインに乗ってアイスクリームがトッピングされ、生クリームが盛られ、ウエハースが最後の彩りを添える。チーン、とチャイムが鳴れば、注文した通りのチョコパフェの出来上がりだ。僕は甘いものに目が無いのだ。エプロン姿のロボットが差し出したそれを僕は喜んで受け取り、スプーンを突っ込んでもりもりと食べ始めた。気の進まない会議で疲れた脳に、癒しを求める唇に、魅惑の糖分が行き渡る。まだ試作段階ではあるが、製菓メーカーである弊社の商品を使ったオリジナルデザート製造ロボット、通称「おやつ生成AI」はかなり満足度の高い出来となっていた。


ストレスの多い現代社会、オフィスにも癒しの時間は必要だ。そして日中でも気軽にとれる癒しの時間と言えば、おやつだ。そんな考えから始まった、オフィスへの菓子の販売事業。もともとは他社が始めたものだったが、弊社はそれをパクり、もとい、参考にし、それで思いのほか成果が出たため、調子に乗って、いや、波に乗って、AIやロボットの製作会社と手を組み、「自分好みのおやつを作れる」ロボットを開発したのだ。「おやつ生成AI」という当時の企画者がノリでつけた通称も、なぜか妙にウケが良く、資金も集まり、開発は順調に進んだ。そうやって出来上がったのが、今まさにこの休憩スペースに設置された試作品で、これが社員には大好評だった。弊社の商品をベースにしたおやつに限られているとはいえ、曖昧な指示でもちゃんと好みのおやつを出してくれるし、味も抜群だ。仕事の合間のちょっとした糖分補給にちょうどいいだけでなく、好みのおやつのタイプを語り合うのをきっかけに、社員同士のコミュニケーションも増えていた。

みんな、なんだかんだでおやつは好きなのだ。子供の頃に食べたおやつの思い出を、大切に持っている人も多い。「おやつ生成AI」のオペレーションを担うロボットの外観も、丸っこいフォルムに赤いチェックのエプロンをかけた、どこか普遍的な「母親像」めいたデザインで。その姿から連想してか、自分の母親が用意してくれた3時のおやつの思い出を、ここで語り合う社員も多かった。


「あれ、三木くん、久しぶりー」


しみじみとチョコパフェをほおばっていると、同期の槙野さんに声をかけられた。笑顔がまぶしい。以前は同じ部署にいて、折に触れ話す仲だったが、半年前に槙野さんが営業部に配属されてから、会社で会う機会もめっきり減ってしまっていた。


「久しぶり、槙野さん。槙野さんもおやつ食べに来たの?」

「うん、これから先輩について外回りだから、先にちょっと栄養補給」


そういう槙野さんの手には、ドライフルーツが練りこまれたビスケットがある。


「へー、そんなのも作れるんだ。ていうか、ずいぶん栄養的だね」

「うん、AIに「手軽に食べられて栄養的なもの」ってお願いしたら、これくれた。…ていうか、三木くんそれすごくない!? 私そんなすごいパフェ、ここで初めて見たよ!」

「そ、そう? 僕けっこうこれ頼んでるんだけど…」

「へええーー、でも、よくAIに止められないね。あんまりハイカロリーなものを生成しようとすると、叱られちゃわない? 私、前にお昼を食べ損ねて、おなかすいた状態であんこたっぷりのあんみつ頼もうとしたら、「お昼もちゃんと食べてないのに、そんなの食べたら体によくありませんよ!」って、ママみたいに叱られちゃった」

「えっ、そんなことあるんだ…」

「あるあるー。…っていうか、ごめん、三木くん、ちょっと太った?」


ぎく。


「あっ、ごめんごめんごめん、良くないよねそういうこと言うの。えっと、でも久しぶりに見たから余計かな。なんか、顔のラインの縮尺が…」

「縮尺」

「ごめん、アスペクト比が?」

「アスペクト比」

「あーーーーーーごめん、ホントよくない… でも、でも、ともかくちょっと健康が心配になるくらい丸くなってるから、気をつけた方がいいよ? AIにちゃんと栄養管理のことも聞いてみてね。…あ、ごめん、私そろそろ時間だから行くね!」


嵐のように去っていく槙野さんの背中を見送って、僕はがっくりとうなだれた。落とした視線の先で、疑いようもなく質量を増した僕の腹が揺れている。そう、気にはしていた。気にはしていたんだけど。でも。


「…栄養管理のことをAIに聞く、って。なんのことなんだ…?」




その後、調べてみてわかったことには、どうやら僕が設定していた個人用のパスワードが、ロボットへの最優先の指示プロンプトとして機能していたらしいのだ。パスワードは「Do-not-be-my-mother」。古い映画のタイトルだ。年上の女性と恋に落ちた高校生が、やがてお互いの環境が変わってしまい別れる話。二人がすれ違い始めた頃、相手の女性からまるで小さな子供のように扱われて、プライドを傷つけられた主人公が叫んだセリフがそのままタイトルになったのだ。そのシーンで主人公はべしょべしょに泣いて、叫んで、取り乱して、一緒に観に行った友達なんかはわりとドン引いていたんだけど、僕はなぜかその様子が深く心に残って、つられてべそべそ泣いてしまったのだ。そんな思い出があって、僕はこの映画のタイトルをよく使うパスワードにしていたのだ。


しかし、これが災いした。本来、このロボットは栄養管理機能がついていて、あまりに高カロリーな注文が続くと注意を促す機能があったらしいのだ。しかし図らずもパスワードによってその機能が無効になってしまっていたため、ロボットは母親のように口うるさいことを言わず、僕に食べたいものを食べさせてくれていた、ということだったらしい。なんともわかったようなわからないような話だ。


その後、僕がパスワードを変更すると、おやつ生成AIロボットの栄養管理機能は問題なく動作するようになった。前より口うるさくなって、注文したおやつも受け付けてくれないことが多くなった。僕はがっかりして、しばらくはおやつ生成AIの使用をやめるつもりだったんだけど…


「アイスカフェラテトールサイズソフトクリームマシマシ、シロップと砕いたチョコチップクッキーも居れて」


なんだかんだで結局あれからも、僕は頻繁にここに来ている。そして前みたいな注文を繰り返す。そのたびにおやつ生成AIロボットは、母親が注意するような声で僕を叱りつけるのだ。


「あなたまたそんなもの食べようとして。いい加減太るし、胃も荒れますよ! トッピングは全部抜いてカフェラテだけ、ミルクも豆乳にしますからね!」


はあい、とママに頭が上がらない子供のように返事をすれば、どこかほんのりと懐かしく、心地良い。今まであまり気にしてなかったけど、ほかの社員もよく見れば、似たようなことをしている人もいる。なんだかんだで、みんな甘いおやつを心置きなく食べることよりも、口うるさく自分のことを心配してくれる母親のような存在の方が、本当に欲しいものなのかもしれなかった。


僕はカップをくるくる回して、ただの豆乳ラテと化した今日のおやつを眺める、

一口すするとぽわん、と、口の中にほのかな甘みが広がった。



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今日もおやつはママの味(古賀コン参加作品) 巳波 叶居/叭居 @minamika

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