第2話 掃除屋勇者、勇者学校に立つ

 ――掃除屋勇者、学校に立つ


 今日も今日とて俺は、廊下の真ん中で箒を握っていた。

 国際サクラ学園、勇者育成校舎の廊下。新学期初日だというのに、誰もが当たり前のように剣や杖を背負い、鎧をきしませながら教室へ向かっていく中で、俺はひたすら床のホコリと格闘していた。


 いつものように生徒たちのヒソヒソ声が耳に入る。

 もはや聞こえているならヒソヒソ話ではない。


 「今日も相変わらず掃除屋勇者だな」

 「あの箒が武器って……勇者の武器じゃねーだろ」

 「ピカピカなのは床だけだな、あれ」


 はいはい、その通りですよ。俺の勇者としての評価は、床の光沢以下だ。

 でも、それでいい。俺はこれしかできないし、俺なりのやり方で世界を救うつもりだ。

 箒で汚れを掃くように、世界の穢れを掃除する。それが、俺の戦いだ。


 廊下の端から、シャッター音が響いた。

 「……また始まったのね」

 カメラを構えながら、影のように佇む少女が呟く。田中廻瑠――写真部の幽霊部員、というか、存在感が薄すぎてほとんど心霊写真みたいな子だ。


 「おはよう、廻瑠さん」

 声をかけても、彼女は無言でシャッターを切り、すっとその場を離れた。やっぱり今日も無口だな。

 でも、彼女が俺の掃除姿を撮ってくれるのは悪い気がしない。あの小さなレンズ越しに、何を見ているのかは気になるけど。


 ――ああ、そういえば。

 俺がどうしてこの勇者育成学校に入れたのか、気になるやつもいるだろう。

 というか、俺自身が未だに納得してない。

 だって見てくれ、みんな剣とか杖とか、大層な武器を持ってるのに、俺だけ箒だぞ? そりゃ笑われるに決まってる。俺だって逆の立場なら笑う。


 でも、正式に推薦されたのは事実だ。

 きっかけは――廻瑠だった。


 中学の頃、俺が部室の掃除をしていたとき、彼女が突然現れて、俺の顔をじっと見て「あなた、向いてるわ」と呟いたのが始まりだった。

 向いてるって何にだよ、と聞いても答えずに去っていったが、その一週間後、勇者育成学校から入学案内が届いた。


 あとで知った話だが、廻瑠の親戚が学園の理事らしくて、推薦枠でねじ込んでくれたらしい。

 正直、最初は信じられなかった。運動神経は中の下、魔力量も並、強いて言えば箒さばきには自信があるけど、それ勇者関係ないだろって。


 でも廻瑠は、俺の目をまっすぐ見て言った。

 ――「あなたには、心がある。ちゃんと見えるわ」


 ……心がある? 見える? 意味はわからなかったが、それがずっと胸に引っかかっている。


 実は、俺には「心の力を具現化して武器にする」魔法が備わっているらしい。

 ただ、なんらかの理由で、衝撃的な出来事があったとかなんとかで、心が弱くなって今は箒にしか魔力を込められないんだと、初日に廻瑠に言われた。

 衝撃的な出来事に出会った記憶は毛頭なかった。


 「心が弱いから箒しか作れない」って、ジョークみたいだが、本当の話だ。

 だから、いつか強くなって、廻瑠が俺を推薦した理由を確かめる。その日まで、俺は箒を離さない。


 「おーい! 掃除屋勇者ー!」

 元気な声とともに、廊下の向こうから足音が近づいてきた。

 「勇者候補なんだから、もっと剣とか振っとけよ! 箒ってウケるだろ!」

 俺の背中を思い切り叩くのは、ムードメーカーの端島太一だ。

 「お前が落とした砂を掃除してるんだよ、太一」

 「ぐっ……すまん!」


 そんなやり取りをしていると、白飯片手にのんびり歩いてくる少女が現れた。

 「柊弥くん……床、きれい……」

 遠藤アルトリア恵梨香。剣道部の天然娘で、朝から四杯目の白飯にご満悦だ。

 「恵梨香、もうちょっとで米俵背負うことになるぞ」

 「……それもいいかも」

 ニコリと笑って、また一口かじる。ほんと、この子は自由だ。


 最後に、金髪を揺らして現れたのはフランス留学生、ルイーズ・デュノア。僕っ子の彼女は、なぜか今日も銃を持っている。

 「ミスター近江、今日も掃除かい。ほんっと、好きだねえ」

 「箒はいいぞ、精神が研ぎ澄まされる」

 「君、箒の宣伝でもしてるのかい……」

 ルイーズは困ったように笑って、俺の隣に立つ。彼女のこういう距離感、ちょっと嫉妬深い。


 そんな調子でじゃれ合っているうちに、校庭に集合の合図がかかった。

 俺たちはぞろぞろと移動し、特設ステージ前に並ぶ。

 そこには、原伊織先生――勇者候補担当の教師が立っていた。酒焼けした声で、マイクを握る。


 「今年もよく無事で集まったなー! 本日より、新学期の特訓を開始するぞー!」

 校庭中に歓声が上がる。


 「君たちは、勇者の卵だ! この特訓で結果を残せば、魔王討伐隊に選ばれる! 残せなければ……落第、だ!」

 ざわめきが広がり、伊織先生はニヤリと笑った。

 「命を懸ける覚悟、できてるな? ……それが、勇者だ」


 静かな重みが、空気を引き締める。


 俺は箒を握りしめ、深呼吸した。

 繰り返されるような、この光景。何度も見てきたような、この景色。

 でも……今回こそ。


 掃除屋勇者・近江柊弥。

 世界の汚れも、俺の弱さも、全部きれいにしてやる。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

レレレの勇者 古希恵 @takajun

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ