第五章
ライブから数日が経った。Sweet Dropsも徐々にメディアに進出するようになった。しかし、バラエティなどで、ゲストに呼ばれるのは決まって、松井であった。Sweet Drops全体の仕事もなくはないが、芸人とロケをしたり、タレントが出ているトーク番組に呼ばれるのは決まって松井であった。
画面の前では、明るく勤めていたが、その表情には影が見えた。「松井、顔がやつれてるぞ」メンバーがそういっても「最近寝てないから..」そう言うだけであった。
松井は実際寝ていないのかもしれない。明らかにしんどそうである。ふと体を見ると、胸のあたりに内出血の後があった。まるでヒルに吸われたような跡であった。
「何これ...」メンバーが言っても
「転んだだけだから...」そう言うだけであった。
そのころ、横山は、握手会も、撮影も、ライブも、なかなか調子が振るわなかった。
とある雑誌の、グラビア選手権が開催される。読者アンケートで、人気になったものが、表紙を飾ることができる。
だが、横山はそのために、何かをするということはなかった。あるものは、筋トレをしたり、ジョギングをしたりと言った、体作りに励むが、横山は別の場所に向かっていた。
そこは、名古屋で有名な、美容外科であった。
横山は問診表を書き、診察室に入った
診察室に入ると、様々な本やカルテなどが置かれている。
中でも、目に入ったのは、アイドルのポスターであった。
しかし、自分のポスターは一つもなかった。
あるのは、松井や高橋のポスターだった。
横山の心に小さなささくれができる
それを悟られないように、問診に応じる
「本日は、どのような相談でいらしたのでしょうか?」
「目元と鼻の大きさが気になって...」
横山は、二重と鼻と、顎を削るように、要求したのであった。
横山は、アフタヌーン娘のとあるメンバーに憧れて、アイドルに入ったのだ。
「それと、胸とお尻も大きくしてください」
横山はどうやって、体を大きくした。
しかし、顔を削るのはそれで行けた。
胸の大きさなどは、別のところの脂肪から、別のところに移したり、シリコンにしたりするのである。
横山は金額を提示される
勿論保険適用外である
横山は、稼いだ金とローンで支払うこととなった
グラビアの表紙を飾るために水着の撮影に臨む。
胸と尻が強調された水着であった
顔も少し変わっている
カメラマンはそれを指摘しなかった。
残りは歯列矯正であった
撮影は一日中行われる
途中休憩をはさみながら行う
メイクから何まですべて人に行ってもらうのだ
まるでお姫様になった気分であった。
尻を突き出したり、バランスボールに乗ったり、アイスクリームをなめたり、そういった単調な動きが続く。
ビーチで走り回るということもあった
しかし、静止画なので、胸が揺れていたということは伝わらない
しかし、そんな努力も虚しく、表紙は飾ることはできなかった。
雑誌を見た、AVのプロデューサーから、出演の打診を受けた。
しかし、まだ、未成年と言うこともあり、断ることとなった。
Sweet Dropsの規模は、拡大し、ついに100人を超えることとなった。
しかし、ライブに出演できるのは、20人までであった。
そこで、チームを分けることとなった。
チームAが、20人
チームBが、40人
チームCが、その他と言うことになった。
横山は、チームBからスタートとなった。
チームBの中でも、B1、B2というものに分けられ、横山も高橋もB2だ。
チームAは、他のアイドルに追いつこうとしていた。
というより、アフタヌーン娘以降のアイドルは、飽和状態ということになり、グループ全体で売れるというのが難しくなってきた。
その中でも、ドラマやバラエティで活躍していたのは、やはり、松井であった。
松井の快進撃は止まらなかった。ドラマでは主演こそまだなかったものの、主要キャストとしての出演が続き、バラエティでも、ツッコミ役から泣きの演技まで、制作サイドの期待にきっちり応えていた。業界内で「一番使いやすいアイドル」と言われるようになったのは、この頃である。
だが、その反面、Sweet Dropsという名前が、徐々に“松井個人”とイコールで語られるようになっていた。グループであって、グループではない。センターの重圧を、無言のまま背負い続ける松井の姿に、他のメンバーも、次第に声をかけづらくなっていく。
チームAの中には、松井と距離を取りながらも、なんとか爪痕を残そうと躍起になる者もいた。チームBの横山は、その様子を楽屋の片隅で見ていた。整形の痛みはもう引いていたが、鏡に映る自分の顔には、まだどこか他人のような違和感が残っていた。
高橋はと言えば、未だB2の立ち位置に不満を抱きながらも、妙に達観していた。
「見てみなよ。チームAのあの感じ。アフタヌーン娘の下位互換でしかないよ。もうああいうの、誰も求めてないって」
「でも、売れるのはチームAだけだよ」
横山の返事に、高橋は肩をすくめた。
「だったら、売れないで自由にやるほうがマシ」
横山には、その言葉が少しだけ眩しく感じた。
そんなある日、Sweet Drops内で「卒業制度」の導入が発表された。年齢が一定を超えた者、成績が振るわない者、運営判断で将来性がないと見なされた者は、卒業という名の“解雇”を告げられるという制度だった。
SNSには、ファンの不安と動揺の声が溢れた。メンバーにも、告知の数日後、個別に「卒業予備リスト」が渡された。横山の名前は、そのリストにあった。
その夜、横山は眠れなかった。手術の痛みよりも、胸のサイズよりも、自分がこの場所にいられなくなるかもしれないという不安が、心を締めつけた。
翌朝、横山は誰にも告げずに、マネージャーに頼んで、松井のもとを訪ねた。
病室のように静かな松井の楽屋で、横山は言った。
「どうして、あんなに笑えるの?」
松井はしばらく沈黙したまま、メイクを落としていた。そして、鏡越しに、かすかに笑った。
「笑わないと、終わるから」
「何が?」
「全部。自分も、グループも。笑わないってことは、もうその場所に立つ資格がないってこと」
松井の声は淡々としていたが、その背中は、かつてのようにまっすぐではなかった。疲弊し、削られ、ぎりぎりのところで立っていた。
その日のリハーサル。横山は自分の立ち位置を、いつもよりほんの少しだけ前に出た。
カメラの位置を見て、光の当たる角度を探し、撮られる意識を持って動いた。
「何かが変わるわけじゃない。でも、変えなきゃ終わる。」
横山は、そう呟いて、再び走り始めた。
――続く。
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