第三章

 横山は、高橋と自然とつるむようになった。自分は16歳で、高橋は20歳である。だが、横山には、高橋が20歳とは思えなかった。余程の闇を見てきたのだろう。その時はそう思わなかったが、後の振り返るとそういうことになった。横山は高校に通いながらレッスンに通うことになる。そして、ライブは2か月に一度行う。握手会やチェキ会を行いそこの人気投票で今後の序列は決まっていく。

 横山はライブのための宣材写真を撮った。数日の疲れからか、入学式の時撮った写真と比べると、暗くなった印象がある。それだけではない。肌が黒くなっていた。そして、歯並びもさらに悪くなっており、髪のつやも失われていた。横山は思った。鬼のような醜い顔だな...と。しかし、自信を失ってはいけない。レッスン場には、四面に鏡があった。ダンスを踊っている最中に、となりで踊っている女の汗が、横山の目に入ったのであった。これはわざとではない。額から出た汗が、ポニーテールを伝い、スピンの動作の時に、横山のいる方向に飛んだのであった。横山も同じ方向に向いていたので、片目が潰される。そのせいか、バランスを崩し、転倒してしまうのであった。しかし、ここでは、音楽は止まない。通しでの練習になる。つまり、途中で失敗があっても、約3分間の曲を一曲やり切ってから、やり直しをするのである。本番を想定した練習だ。ライブは途中で失敗がきかないのである。

 横山は立ち上がる。そして、途中から踊り、その曲が終わる。その曲が終わると講師は次の曲を再生せず、もう一度同じ曲を再生する。休憩などなかった。スパルタそのもであった。横山は隣から視線を感じた。目線が訴える─お前のせいだ─横山はその女の方向を見る。女は目線をさっと反らした。それと同時に、横山は自分の顔を鏡で見る。一瞬般若の面と見間違えたが、すぐに自分の顔だと思った。

 一同は、その曲を踊り切り、次の曲に行く。それを何度か繰り返し、練習が終わる。レッスン中はみな無言であった。皆は表情を崩さなかった。笑顔であった。それに対し、自分は少しずつ表情が崩れていくのが分かる。鬼のような顔であった。高橋かおりはと言うと、彼女も疲労の色を隠せなかったが、なかなか美しい顔であった。

 自分と他の者は何が違うのであろうか。純白だった自分の肌が、黒くなっているように見える。何かに取りつかれているようだ。本当に疲れているせいなのか。何度鏡を見ても、印象は変わらない。どうしたらいいかわからず、心の中でむせび泣いた。絶対にその涙は他の者には見せてはならなかった。

 しかし、高橋には、その心の内は読まれていた。が、それを高橋は直接は言わない。

「桃菜ちゃんは、自分の事、ひどい顔だなって思ったことある?」

「え?」

「この業界にいるとさ、周りは綺麗な子ばっかじゃん。私もあんなふうになりたいなって思うんだよね。でも、なれない。でも、なりたい。そう思っているといつの間にか自分の顔が醜く歪んで見えるんだよね。」横山にも何となくわかる気がしていた。綺麗な子を見ると自分が見にくく見えるのだ。でも、横山には、四六時中その恐怖が襲っていたが、高橋にはその気持ちを悟られないように

「難しくてよく分かんないなあ」そう言って流した。しかし、そうやってごまかしても、その恐怖は変わらなかった。しかし、横山には根拠のない自信があった。自分は今までモテてきたのだ。いや、モテるというのは少し違うか。モテるというのは自分にとっては当たり前の状況だからだ。何という言葉が適切か、横山には分からなかった。

 夏がやってきた。夏と言えば水着である。そして、アイドルにとっても水着の季節と言うのは、特別なものになっている。そこでどこまで自分をアピールできるのかというのが、ポイントになってくる。中学生は布面積の大きいものを選ぶ。これは法律上決まっているからであった。しかし、中学生ともなると本音と建前と言うのは少しずつ分かっている。大人は建前で、布面積の大きいものを選んでくれと言うが、それを選んではいけないのであった。勿論親も子のことは分かっている。だから反対をしたりはしない。しかし、横山はそれを分かっていなかった。横山は体のラインが分からない、物を選んでしまった。理由は何となく体がたるんでいる気がしたからであった。勿論節制はしているが、それでも、横山には、たるんで見えてしまうのであった。

 撮影はビーチで行われる。CDを売るためである。しかし、横山は執拗に端に移動するように指示された。なるべく寄ろうとするが、隣にいる女が、横山の足を、踏んだのであった。足の裏に石を付けた状態で踏んだのだ。痛みで顔をゆがめそうになる。それを見た女は一瞬ぞっとしたが、シャッターが押される頃には表情を戻していた。

 横山は日焼け止めを入念に塗ったはずであった。しかし、顔が黒くなっている。水着の部分だけが焼けているように黒かった。他の者は清潔な白を保っている。自分だけ汚れたように黒くなっていた。

 背中の部分は、高橋に塗ってもらった。自分で渡しているものなので大丈夫なはずだ。もしかしたら、サンオイルだったんじゃないか?一瞬そのような考えが頭をよぎる。高橋を見る。高橋は、いわゆる普通の水着であった。抵抗はなかったのであろうか。

「どうしたの?そんな怖い顔して」

「ちょっと焼けちゃって...」横山がそういうと、高橋は不思議そうな顔をした。

「どこも焼けてないよ」

「え?」横山は自分の耳を疑った。どこも焼けてない?じゃあ、この目に映っている焼けた肌の女は誰なんだ?そもそもこの黒い女は誰?高橋の顔を見る。嘘はついていないようだ。本当にそうか?嘘をついていない顔をして、本当は嘘をついているのかもしれない。横山は、太陽の影を見る。すると、影はこちらを向いているような気がした。もう一度見る。気のせいだとわかった。

 ビーチの撮影を終え、Sweet Dropsのメンバーは、東京にライブを行った。前日にはホテルに行く。安いホテルであった。宿泊代は自分持ちである。横山は東京に着くなり、その景色や人に見とれていた。まるで、醜い自分を受け入れてくれるかのような...

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