だって俺たち夫婦じゃん!!

碓氷もち

第壱石

「中村さん! 倉庫行くなら吉澤に内線出ろって言っといて!」

ヘルメットをかぶっていると、たまたま事務所に来ていた経理部長が私に声をかけた。わかりましたと伝えて、手袋を片手に外へ出る。梅雨入りが発表されて一週間しかたっていないのに、三十度越え。湿度も高いから半袖なのにサウナに入っているみたい。事務所から部品倉庫まで二パターンの道があるけど、日陰か直線で悩んで、日陰を選んだ。珍しく誰ともすれ違わなくて、みんなこんな日に出たくないよなと同意する。ヘルメットの中も蒸れていて、髪の毛がうねり始めるのが分かる。朝がんばってストレートにしたのに、三時間も持たなそうでため息が出た。ため息さえも暑くて、私は足早に倉庫へ向かった。

 角を曲がって、視界に倉庫が入ると違和感を覚えた。倉庫のシャッターが開いている。こんなに暑ければ、シャッターを閉めて空調を除湿にするはず。納入時間でも、搬入時間でもないのにおかしいなと、熱に揺れる頭で考える。倉庫事務所の扉を開けても、中にだれもいない。仕方なくシャッター側から入ろうとして、足が止まる。もう一度倉庫事務所の扉を開けて、そちらから倉庫への扉を開けた。吉澤課長が誰かをおぶって、シャッターの外を見ていた。私も吉澤さんの目線を追う。汗が頬をつたった。

 人ではなさそう。上げてあるシャッターに届きそうな身長。その大きな体躯を片足一本で支えている。ぼんやりとした白い服。長い髪で顔は見えないのは幸いかもしれない。

 私は再び吉澤さんを見る。なぜか足元には服が散乱していた。ヘルメットが遠くに転がっている。そこには見覚えのある名前が書いてあった。そらしたくなる現実と早く鳴る鼓動に蓋をして、私は靴を脱いだ。気休めでもなればいい。倉庫の中へ一歩踏み出した。

「これ。どうしたんですか。」

声が震えていた。安心させたかったのに、役にも立たない状況確認を吉澤さんに問う。吉澤さんはそこではじめて私という存在に気が付いたようだった。

「なんでここに……。」

「仕事です。子機持ってますか?」

「持ってる。でもつながらない。」

お化けの類は放射線、ウラン元素なのだろうか。あぁ最悪と心の中でつぶやく。私は吉澤さんに事の流れを聞いた。

「つまり。衿元さんの悲鳴に駆け付けたら。すでにみんな消えていて。気絶している衿元さんをおぶったところと。」

「これって労災降りるかな。」

「さぁ。」

緊迫した空気の中、耐えきれない私と吉澤さんは軽口を言い合う。あれは動かない。悲観的かもしれないが、事務所側から出たとして、いや出られない可能性が高い。なぜかわからないけれど、私が入ってきた事務所と倉庫の間にある扉を、私は認識できなくなっている。たぶん吉澤さんもそうなのだろう。認識疎外できて電波もなんとかできるとか、戦争の諜報戦とか向いていそう。そんな逃避行もできなくなりそうだ。

 あれが動き出した。

 足の膝が曲がる。折れて、これはまずいと後ろに下がる。吉澤さんもただならぬ空気を感じ取ったのか、大股で後ろに下がった。

「いざとなったら走って逃げてください。」

「膝やらかしている奴に無茶言うなぁ。」

生木を無理やり折るような音が倉庫に響き渡った。あれが倉庫の中に入ってきた。生唾を飲み込む音がする。私のものか、吉澤さんのものかはわからない。心臓が耳についているみたいにうるさい。

 だんだん倉庫の奥へ奥へと追い詰められている。大きな一歩は勢い衰えることはない。私の足はだんだんいうことを聞いてくれなくなっているし、吉澤さんの服は色が変わっていた。

「いくら広いって言っても。」

荒れる息の中で、吉澤さんが絶望にも近い言葉をこぼした。私もその事実から目をそらせない。衿元さんは目を開けていないし、倉庫の奥にたどり着きそうなのがつらい。扉を認識できなくなったのに、倉庫の壁は明確にわかる。スマホをいじるのにパスコートがなぜか解けない。あっているはずなのに、あっていませんと出てくる。あってんだろうが仕事しろと緊急連絡をタップするのに、無反応。いざとなったら投擲(とうてき)する板になり下がった。

 そんなことをしている間にあっという間に壁。非常階段の扉があるはずだけれど、私も吉澤さんも扉の場所がわからない。吉澤さんが背負っていた衿元さんをそっとおろし、私へ衿元さんについているよう話す。なんか自己犠牲のにおいがして有難迷惑だと睨んだ。溺愛している一人娘が、七歳の誕生日を迎えたばかりだろうと突っ込む。お互いに手が震えている。でも私は、こういうのが初めてではないから、私たちを庇おうとする吉澤さんの肩に手をかけて、彼の前に立った。

「おい。お前。今すぐ出ていけ。」

震える声であれに大声で恫喝する。ゆっくりと近づき、もう一度同じことを言う。あっているかわからない目線を合わせて、それの動きが止まっていることも頭に入らない中、ただ言葉を投げた。ゆっくりとそれの足が曲がる。生木を折る音。やっべぇとただそれを眺めた。あれの髪が揺れて、あまりにもその曲線がはっきりと見えたから、走馬灯かなと思う。あれがしゃがみに近い恰好をしているその奥に、誰かがたっているのが見えた。いや、両手に何かをもってこちらに走っている。

走ってきたと思ったら、あれに何かをぶっかけた。手に持っていたのはバケツで、それをかけられたあれが、雄たけびを上げながら煙を吐き、手のひらほどの石になった。走ってきた男はその意思をもう一つのバケツに入れる。ばちゃんと音が鳴った。

「月(つ)傘(かさ)ちゃん! ごめん車出して!」

「いいけど! ちゃんと説明してよね。」

やってきた男は私と同居している男だった。

 車に乗り込んだ私たちはシートベルトを締める。隣に座る男、雷(らい)くんは身長に合わない長い脚の間にバケツを置いて、川に行くよう言った。私は最短ルートを考えながらアクセルを踏み込んだ。

 川にたどり着くと、雷くんはすぐにシートベルトを外して川へバケツごと飛び込んだ。思わず大声で彼の名前を呼ぶ。彼の姿は見えない。足が石に取られてうまく進めない。私は川に近づくのをあきらめてその場に座り込んだ。川を眺める。雷くんが飛び込んだというのに、川は波一つ立てない。そういうところあるんだよなと思っていると、ブクブクとよく見てみないとわからないほどの泡が沸いていた。泡はだんだんと大きくなっていく。まあるい何かが顔を出した。だんだんとそれがこちらに近づきながら大きくなる。サラサラショートの髪、女の子と見間違うほどの美貌、彫刻のような首筋と白いTシャツと短パン。その手にはバケツ以外の何かを持っている。

「ごめん。もつれちゃった。」

そういって差し出す右手には、いなくなった人の社員証があった。

「聞いてもいい?」

「ん? なぁに?」

車に戻ろうとする雷くんを引き止めながら、私は詰まらせながら聞く。振り返って足を止めた彼と私の間に、生ぬるい風が通った。

「ばいばい。したの?」

生ぬるい風が少し強くなる。眼鏡に引っかかってた髪が私の目にかかった。その髪を雷くんが耳にかける。黒真珠より美しい瞳が私を見た。

「月傘ちゃんは。ばいばい嫌でしょ? おれちゃんと頑張るから。帰ったらご褒美ちょうだい?」

そういって指でマスクをずらす。私の唇にキスをした。

 会社に戻ると私は一度事務所に顔を出す。更衣室から荷物を取り出しただけで、小一時間席を外してしまった。上司に経緯を説明しようとしたが、上司陣は緊急会議をしているらしい。同僚は倉庫が立ち入り禁止になっていて、出したいものが取り出せないとぷりぷりしていた。確かにこの状況では出荷もままならない。

 同僚にもうしばらく抜けることを伝えて、私は倉庫へ向かった。シャッター前に雷くんがたっている。彼の隣に立つと、倉庫の中に何かがいるのが分かった。

 雷くんが倉庫の中に入る。日を浴びて茶色に見えた髪が真っ黒になる。異様に静かな倉庫の中に、雷くんの歩く音がかすかに響く。雷くんは倉庫の中でたった一回、大きく手を打った。その音はまるで大砲。びりびりと鼓膜や全身波打った。余韻で指先が震える。その時事務所の扉が開いた。

「あれ? なんでシャッター開いて。あれ中村さん。おはよーございます。」

消えたはずの仲間が服を着て事務所から出てきた。倉庫の中へ目をやると、雷くんは抜け殻だったものをかき集めている。私の目線で気が付いたのか、誰ですかと驚くので私の知り合いだからと伝える。抜け殻を集め終わった雷くんが、同僚たちの頭からつま先を見る。そうして一番大柄な田中さんの前に立った。

「川の中にある石を拾うな。二度とするな。」

「はい? てかそれ俺のヘルメット。あれ? 事務所にかけてあるのに。」

田中さんは雷くんが抱える服の山にある、ヘルメットに手を伸ばそうとした。

「触らないで!」

突然の大声に田中さんの体がびくっと跳ねる。雷くんは田中さんの目をじっと見つめて口を開いた。

「死にたくないなら川に近づかないで。あそこに見える柿の木に実がなるまで。」

指をさせない雷くんはあごで一本の木を示す。田中さんはおびえるような目でうなずいた。

「月傘ちゃん。もっかい車出して。」

「それって時間かかる?」

「え。なんでそんなこと聞くの。」

「いや仕事できないし。有休とったほうがいいかなって。」

車に荷物を乱雑に詰めながら、だんだんと雷くんの顔が皴しわになっていく。皴しわピカチュウみたい。可愛いのがちょっと癪なので、彼の返事を聞かずに総務部へ有休をとると連絡した。助手席に座っていた彼を見ながら車に乗り込むと、まだ唇を尖らせたまま。目も合わせずにまた川に行ってという。私は先ほどと同じ道を走った。

 同じ場所に車を止めると、先ほどとは打って変わってゆっくりと雷くんは降りる。後ろに積んだみんなの抜け殻を抱えるので、持とうかと聞くと首を横に振られた。やっぱり触っちゃダメみたい。黙って彼の後ろを歩いた。彼はゆっくり川の中へ入っていく。私は転んでも川に入らないほどの距離で、それを眺めた。彼の抱える荷物が川につきそうになると、彼が一瞬川底へ引っ張られるように落ちる。大きな声を上げてしまったが、すぐに私は口を閉じた。彼の足元から黒い無数の腕が彼を底へそこへと、引き込むようにそこにあるのが見える。よくあれに直接触れようと思うなと感心した。無数の手に引き込まれて、雷くんは再び川の底へと入っていった。

 どれくらい時間がたっただろうか。確か昼前だったのに、マレットゴルフ場は大賑わい。太陽は真上より夕方よりになっているし、おなかはずっとすいているし、のどはずっと乾いているし、車の中に戻ってエアコンをガンガンにつけた。いやこのままではまずいと、マレットゴルフ場にある自動販売機でポカリを三本購入する。その場で一本飲み切って、ベンチに座る。コンビニ行きたーい。冷やし中華食べたーい。ハーゲンダッツのイチゴ食べたい。これはやばいとポカリの二本目を開ける。木漏れ日からこぼれる日差しも、川辺にあるから少し涼しい風も、ありがたいけど空腹はなおせない。車には何も置いていないし、最寄りのコンビニはここから離れる。温泉施設の食堂にいくのは許される? 一向に出てくる気配ないし、帰りてぇー。

 マレットゴルフを楽しんでいた人々は去り、スマホを見れば三時近く。三時間もあれば仕事がどれほど進んだだろうか。でもラインをしている同僚いわく、まだ衿元さんは起きていないし、なぜか倉庫の機器がすべて文字化けしているらしい。当事者である吉澤さんは現状を正しく伝えているようだが、いなくなった同僚が現れて混乱しているらしい。今までどこにいたと聞けばどこにも行っていないという。上司陣は吉澤さんに優しい顔を向けるが、たった一人、私の上司である川島部長が倉庫を一瞥して一言。

「中村さんに話を聞いてから進めましょう。」

だというのに私は川辺にいるものだから、私のラインを知っている同僚が連絡してきたらしい。私は会社に電話をかけた。

「あー。もしもし中村です。サービス部の。川島部長の子機に取り次いでもらえます?」

会社の保留音初めて聞くなと思う。イ長調なんだ。なんと遠くを見つめる。ようやく保留音が切れた。

「あー。中村さん? ごめんね。ちょっと聞きたいことがあって。スピーカーにするよ。」

「了解です。何を話せばいいですか?」

電話の奥で人がいる音がする。まだ踊っていたのかと驚いた。そうしてあまり聞かない他部署の管理職や、たぶん社長とも会話をした。

「そうか。ありがとう。」

「いや。まぁ。私は何も。」

「吉澤課長も中村さんがいなかったら。助かってないって言ってた。」

「でも衿元さんは目を覚ましていないんですよね。」

「それは。病院からは連絡がないね。」

いなくなった同僚は戻ってきても、衿元さんは目を覚ましていないらしい。話は終わって会社側から電話が切られた。

三時間も私は雷くんにほったらかしにされているし、大変なのはわかるけれど私ここにいなきゃダメかな。いなきゃダメとは言われていないけれど、雷くん携帯持っていないし、帰れなくなっちゃうからいないとなと考える。でもおなかすいてるし、ポカリは四本目を購入したし、雲行きは怪しいので車の中に戻った。エアコンをつけて扇風機の前にいるように声を出した。

日も長くなってきた。だからか六時でもまだ明るい。空腹が最高潮通り過ぎてまた最高潮。今日が金曜日でよかった。ゆっくりできる。今日は絶対マックにする。熱中症にはマック一択。

完全に日が暮れた。時間は七時。ポカリスエットは五本のみ切った。橋についている街灯とホテルの明かりが川を照らす。川の流れはいつもと変わらず穏やか。帰ってくる気配は全くなさそうだと思ったその時だった。

コン。コンコン。なぜか真っ黒なドアガラスを誰かが叩いていた。雷くんでないことは確かだと感が言う。徐々に自分の呼吸が荒くなるのが分かる。何とか心を落ち着かせながら川を眺めた。大丈夫。川は見える。まだ大丈夫だと、窓をたたく音は聞こえないふりをした。だんだんと大きくなる音に涙目になりそう。大丈夫。川は見えている。川は見えている。音楽は流さない。スマホは開かない。目も閉じない。川だけにただ集中。

ガラスをたたく音が増えた。助手席側や後部座席側からも聞こえる。でも私はただ川を眺めた。自分の手が震えている。足も震えている。心臓の音は聞こえない。ただ私は待った。瞬間。音がやんだ。私は思わず顔をしかめる。私の予感は当たった。

車が勝手に川へ向かってフルスピードで進んだ。とっさにブレーキを踏むのに止まらない。ローにしても、パーキングにしても止まらない。ハンドルは凍ったように動かない。川に突っ込んでしまう。私はフロントに迫る川をにらむように見つめた。しかし、時が止まったように川の目の前で止まった。猛スピードだったのに、ふわりと後ろから抱き留められるように優しく。私は川を見つめる。何かが上がってきた。上がったものは何もなかったように助手席のドアを開けて、水滴一つない体で座った。私の体は動かない。心臓はずっと潰れるように苦しいし、体の震えは止まらなかった。

隣に座る男は私の姿を見るとすぐに抱きしめた。私も素直に抱きしめられる。彼の肩に額をこすりつける。彼の甘いような、甘くないような香りに涙が零れ落ちた。肩を濡らしてしまうと離れようとしたが、彼は私を放そうとしない。だから私は彼に甘えた。

「雷くんごめん。ありがとう。もう大丈夫だよ。」

しばらく抱きしめられて、空腹を思い出した私はそっと彼から体を離した。これには彼も許したように放してくれる。名残惜しそうに私の手を握ったままだけれど、運転するからと、つかの間放してもらった。

車を走らせてしばらくすると、私の携帯が音を立てた。

「月傘ちゃん。携帯なってるよ。」

「誰からになってるかわかる?」

「えっと。川島部長さん!」

走らせていた車をコンビニの駐車場に止めて、私は電話に出た。そして、衿元さんが目を覚ましたことと、システムのバグが完全に治ったことを教えてくれた。川島部長もこれでちょっと安心して帰れると話す。私はこんな時間までお疲れさまでしたと伝えて、電話を切った。

「今日はお寿司買って帰ろう。」

「え! いいの!」

「私はマック買うから。隣のスーパーでお寿司買っていいよ。」

「だったら俺もマックがいい。」

「え? お寿司じゃなくていいの。」

「いいの! お寿司は月傘ちゃんと一緒に食べるものなの。俺一人で食べてもさみしいだけじゃん。」

一人で食べてもお寿司はおいしいけどなと、そういう言葉は飲み込んだ。再び車を走らせてマックに寄った後、雑貨品が欲しいとスーパーに入った。かごを持つ雷くんはちょこちょこと後ろを歩くので、大葉をかごに入れた後、私は生鮮食品コーナーへ向かった。

「おさかな買うの?」

「うん。」

後ろからのぞき込むので、私はマグロの切り身を三パックかごに入れる。雷くんは少し顔を振るように私とマグロを交互に見た。私は何も言わずに先に進む。彼は大股で私に詰めよりながらも困惑していた。お会計をしても、車に戻っても、家についてマックを食べ始めてもマグロを買った理由を聞かない。のに気になっていて私は笑う。漬けマグロにするから明日のブランチに食べようと伝えると、ないしっぽが大きく揺れた。

「雷くん頑張ってくれたんでしょう? ご褒美ほしいって言ってたのにあげられないのはかわいそうだから。」

雷くんのご褒美ご飯といえばお寿司なのに、私に合わせてマックを食べている。でもなんだか意味が分からないみたいに首をかしげていた。

「ごほうびは貰うよ?」

「でもお寿司……。」

「えぇ? 月傘ちゃんは本当に鈍感なんだからぁ。」

そこまで言われ、あぁこいつ体が目的だと察した。三割引きだったとはいえ三パックも買ったことを、今更ながら後悔した。

「あれはなんだったの?」

夜明け前に、私を後ろから抱きしめる男に、私はそう切り出した。体は疲れ切っていて、今すぐにでも眠れるけれど、私はこの人を話がききたかった。私を抱きしめる腕が緩むので、私は振り返って、彼と体を正面に合わせた。彼の長い前髪が目にかかるので、私はそれを耳にかけた。美しく長いまつげの下のもとにある瞳が、私をやさしく見つめる。雷くんは私の唇にキスをした後、内緒話をするように放し始めた。

 昔から悪いものというのはどこにもあったんだけどね。ただそれを浄化したり、人間に害さないよう、意識をそらすことをしていた。あれもそう。あれは石に形を変えられて、長い年月をかけて川に流され、海に行くことによって浄化されるもの。怖いかもしれないけれど、川に入ること自体は大丈夫だよ。ただ川の中の石を持ち出すのは危険なの。川から完全に出ている、河川敷の石は浄化されているか、もともと無害なものだから大丈夫。たぶん田中さんは川の中にある石を拾っちゃったんだね。だからあれは田中さんたちを身代わりにして、浄化から逃げようとした。しばらくは魅入られるだろうから本当に危ないことなの。

 彼は私の手をなでながらゆっくりと話してくれた。川の知り合いに力を貸したこと、折り合いをつけるのに時間がかかったこと。それらすべてが解決したことによって、目をつけられていた衿元さんの意識が回復したこと。私は目をこすりながら彼の話を聞いた。

「ね。こんなところ。もう疲れたでしょ。お休みしよう。」

彼が私のおでこにキスをする。私は目を閉じた。

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