第4話
翌朝、私は差し込む朝日で目を覚ました。
カーテンの隙間からこぼれる光が、畳の上にやわらかく広がっている。
布団は、もともと押し入れにしまってあったものを使わせてもらっている。
思った以上にきれいで、ふかふか。昨夜はぐっすり眠ることができた。
朝ごはんは、昨日コンビニで買っておいたおにぎり。
それをもぐもぐと食べながら、軽く身支度を整える。
出勤するわけでもないので、今日はすっぴんでOK。
無職(兼プチ大家さん)という立場のありがたさを、こういうときにしみじみ感じる。
髪を軽く整えて、シャツにジーンズ、スニーカーというシンプルな格好で外に出ることにした。
今日は引っ越しの荷物が届くまで、まだ少し時間がある。
せっかくだから、アパートの周りをぐるりと散歩してみよう。
玄関のドアを開けて外に出ると、少し離れたゴミの回収ボックスの前に、一人の男性が立っていた。
どうやらゴミを出しているところらしい。
金色の短髪に、がっしりとした体つき。背も高くて、いかにも「鍛えてます」という雰囲気がある。
その人がふと顔を上げ、私と目が合った。
「おはようございまーす!」
私は思わず、いつもより少し元気な声で挨拶をした。
そのまま、彼のもとへと歩み寄る。
「ああ、おはようございます」
深みのある、落ち着いた声で挨拶が返ってきた。
見た目はちょっと強面だけど、声のトーンや話し方からして、物腰の柔らかい紳士的な人だとわかる。
「101号室に引っ越してきました、三瀬といいます。これから大家さんをやらせていただくことになりました。至らないところもあると思いますが、よろしくお願いします」
そう言って、私はぺこりと頭を下げた。
まずは引っ越しのご挨拶。
本当なら手土産のひとつでも渡したいところだけど、それは引っ越しの荷物と一緒に届く予定なので、今日はご挨拶だけ。
「ああ、よろしく頼みます。……前の爺さんとも、挨拶くらいは交わす仲だったかな。体調を崩したって話は、直接聞いてたけど……」
そこで彼の言葉がふっと途切れた。
私がここに来たということは、つまり——そういうことだと、すぐに察したのだろう。
「……お姉ちゃんが来たってことは……そういうことかな」
そう呟いて、彼はほんの少しだけ目を伏せた。
その仕草に、静かな哀しみと、どこか懐かしさのようなものが滲んでいた。
「……まあ、お姉ちゃんが来てくれて助かるよ。俺は103号の長岡です。よろしく」
そう言って、彼は軽く会釈をすると、ゆっくりとその場を離れていった。
お姉ちゃんって……飲み屋じゃないんだから。
私もそう独りごちると、散歩を始めることにした。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
今日は結局、散歩を終えた後は一日中引っ越しの片づけに追われていた。
荷物はそんなに多くなかったはずなのに、いざ整理し始めると、思った以上に時間も体力も奪われる。
それでも、夜には業者さんの手助けもあって、なんとかすべての荷物を片付け終えることができた。
ようやく、生活ができる状態になったという感じ。
お風呂に入って汗を流したあと、私はコンビニで買った小豆アイスを食べながら、のんびりとテレビを眺めていた。
ひと息ついたこの時間が、なんだかやけに静かに感じる。
明日から、私は何をすればいいんだろう。
そんなことをぼんやりと考えながら、アイスの甘さを口の中で溶かしていった。
宇津井さんも長岡さんも、どうやら悪い人ではなさそう。
それだけでも、このアパートでやっていけそうな気がして、ちょっと安心する。
そんなことをぼんやり考えていた、そのとき——
「クソがあああああああああ!」
突然、上の階から叫び声が響いてきた。
……201号室。宇津井さんの部屋だ。
えっ、なに? ケンカ? それとも……裏表のある人だったの?
「なんでコイツ援護に来ねえんだよおおおおおおおおお!」
……ゲームか。
たぶん、いや、ほぼ確実にゲームだ。
生活音程度なら響かない造りのはずなのに、ここまで聞こえるってことは、相当な大声を出してるってことになる。
……正直、うるさい。
私は思わず天井を見上げた。
そして、意を決して——宇津井さんの部屋に向かうことにした。
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