第3話
「う……」
目を開けると、部屋の中はすっかり真っ暗になっていた。
到着したのは夕方より少し前だったはずだから、どうやら本気で寝てしまっていたらしい。
スマホを手に取って時間を確認すると、まだ晩御飯にはちょっと早いくらいの時間が表示されていた。
畳の上でそのまま寝てしまったせいか、体が少しギシギシする。
私はゆっくりと上体を起こして、天井からぶら下がっている蛍光灯の紐を引いた。
パチン、と音を立てて部屋が明るくなる。
お母さんが事前に電気や水道の手続きをしてくれていたおかげで、ちゃんと電気が通っていた。
そのことに、ちょっとだけ安心する。
スーツケースの横に置いていたペットボトルのお茶を手に取り、一口。
冷たいお茶が喉を通っていくと、少しずつ頭も体も目覚めてきた。……と同時に、お腹がぐぅっと鳴る。
「……お腹すいたなぁ」
そういえば、来る途中にコンビニがあったっけ。
今日はもう料理する気力もないし、まだ鍋とかも届いてないから、無理せずそこで済ませることにしよう。
道は暗いけど、街灯もあったし、特に不審者情報とかも聞いてないから……たぶん、大丈夫。
私は財布とスマホ、それから家の鍵をポケットに入れて、軽く背伸びをした。
夜の空気を吸いに、そして晩ごはんを買いに、私はそっと玄関のドアを開けた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
誰もいないと思ってドアを開けた、その瞬間——
「ガンッ」と何かにぶつかった感触があった。
「きゃっ!」
「うわっ!」
思わず声を上げると、すぐに別の声が返ってきた。
若い男性の声。驚いたような、でもどこか力の抜けた響きだった。
慌ててドア越しに首をのぞかせると、そこには——
ぼさぼさの黒髪をだらりと垂らした、私と背格好がさほど変わらない男の人が、少しよろめきながらも、なんとか二本の足で立っていた。右手にはコンビニの袋がぶら下がっている。
私がドアをぶつけてしまったのだ。まずは謝らなきゃ。
「ご、ごめんなさい! 大丈夫ですか!?」
私は慌てて駆け寄り、声をかけた。
するとその人は、左手を小さく前に出して、手のひらをひらひらと振った。
「……あ、大丈夫……ですから」
声は小さくて、どこか眠たげ。
でも、怪我はしていないみたい。ひとまず安心した。
「……もしかして、このアパートに住んでる方ですか?」
たぶんそうだろうとは思ったけど、念のため声をかけてみた。
もし店子さんなら、ちゃんと挨拶をしておかないと。
「あ、はい……」
ぼそりとした声で、短く返事が返ってくる。
やっぱり住人の人だったみたい。
「私、今日ここに引っ越してきました。101号室の三瀬といいます。新しく大家さんをやらせてもらうことになりました。よろしくお願いします」
「大家さん」という言葉に反応したのか、それとも「引っ越してきた」という言葉に反応したのか、彼の肩が一瞬ピクリと動いた。
「201号室の……宇津井です……」
そう名乗ると、彼は小さくぺこりと頭を下げて、そのまま足早に立ち去っていった。
愛想がいいとは言えないけれど、別に悪い人って感じでもない。
ちょっと人付き合いが苦手なタイプなのかもしれないな……なんて思いながら、階段を登っていく彼を見送る。
……そうだ、お腹すいてたんだった。
彼の姿が見えなくなったあと、私も部屋の鍵をしっかり閉めて、コンビニへと向かうことにした。
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