第17話 予期せぬ再会
「はぁ……酷い目に遭った」
一悶着を終えた一樹は、大きく息を吐いた。
あのあと、怪しむ受付嬢にこっそり顔を見せ、危うく叫び声を上げそうになったので、全力で「しーっ!」のジェスチャーをした。
幸い、受付嬢は頭の回転が速いタイプだったらしく、一樹が仮面をしていた理由を即座に察してくれた。
そんなわけで、叫ぶのをギリギリで押さえ、ようやく解放されることとなったのだが――有名になるだけでこれだ。
「とにかく、気持ちを切り替えないと」
昨日SSランクのモンスターを倒したから、そこそこお金を稼げたのだが、それでも俺や妹の将来のためを考えれば、微々たるものだ。
ダンジョンで狩ったモンスターは、当然そのランクに合わせてドロップした素材の換金額が変わる。
当然、強いモンスターならその分だけ金額は高いが、一攫千金、というほどではない。
大前提として、ダンジョン内には生命のサイクルがあり、倒されたモンスターはしばらくするとダンジョン内でまた生み出される。
つまり、素材の価値はモンスターの強さ――というよりも、その素材の希少性で決まる。
強いモンスターの素材は誰も獲れないから価値が高くなり、弱いモンスターの魔石や素材はみんな狩ってくるから、市場価値が低い。中学生でも知っている需要と供給の関係性だ。
お金を稼ぐのに命をかける関係上、冒険者だけで食べていく人なんて限られてくるし、ダンジョン配信者はモンスターを倒した収入+配信の広告費でなんとか生活しようと思った者達が就くことも多いのだ。
もっとも、世の中そんな都合のいいようにできていない。ダンジョン配信をやっても、人気が出なければ厳しい。
「それでも、俺みたいにまだバイトくらいしかまともな収入源がない人間には、助かるけど……ん?」
そのとき、一樹は気付いた。
今一樹がいるのは、ダンジョンの13階層。全開大暴れした中層は避けて、上層を攻略中だ。
さすがに、仮面を付けたまま戦うのもどうかと思うし、人が少ない階層を探してやって来たわけだが――
「……その分、モンスターは多いか」
一樹がぼそりと呟いた瞬間、ダンジョンの通路の奥から赤い光が瞬いた。
刹那、一条の閃光が虚空を駆ける。
「おっと」
が、予め敵の存在を認識していた一樹は、それを難なく避けると、暗闇の向こうへ眼をこらした。
「あれは……“スコーピオン・イェーガー”か」
スコーピオン・イェーガーとは、その名のとおりサソリ型の魔物で、尾の先端から光線を放つことで敵を仕留める特性を持つ。
ランクはCとそこまで高くないが、不意打ちによる狙撃で駆け出しの冒険者からは恐れられる、そんな存在だ。
(剣も壊れたし、近接戦闘に持ち込むのは厳しいか。かといって、スコーピオン・イェーガーは一射ごとに配置を換える。となると――)
物思いにふける時間はない。
ぎらりと、再び赤い光が不気味に輝く。
再び、殺人光線が無数に通路を駆け抜け、一樹めがけて殺到する。
「はっ!」
それを再び避けた一樹は、今度はそれだけでは終わらない。
「フレア・バレット!」
片手で拳銃の形を作り、闇の奥へ指先を突きつける。刹那、オレンジ色の炎が指先に灯り、暗闇めがけて発射した。
それは、ほぼカウンターと呼ぶに相応しい速さだった。
暗闇から狙撃する敵は、一射ごとに立ち位置を変える。
そして、発射するまでは暗闇のせいでどこから撃ってくるかわからない。逆に言えば、光線を発射した直後は、射線も丸わかりで移動もしていない。
オレンジ色のビー玉サイズの火球は、狙い過たず敵に直撃。
赤い炎を纏って炎上した。
「まあ、こんなものか」
上層に今更一樹の敵になるようなヤツはいない。
対処法だって、場数を踏んでいるからどうとでもなる。
今回来たのは、お金を稼ぐためもあるが、同時に今後のことを考えるためだ。
あれだけ派手にバズって、今後どう活動していけばいいのか。
炎上系配信者を続けるのか。それとも、別の方法を模索するのか。
(幸い、今ここにいるのは俺1人だ。じっくり方策を練って……)
そんなことを考えていた、そのときだった。
「う、うそ。ほんとにいた……!」
不意に、鈴を転がすような声が聞こえて一樹は振り返る。
そして――そのまま硬直した。
一人の少女が、そこにいた。透き通るような青い髪に、氷のような瞳。雪も欺く白い肌。そして、思わず息を飲むほどの美貌。
だが、一樹が言葉を失ったのは、その少女が可愛かったからではない。
あまりにも、見覚えがありすぎたからだ。
その少女は――半自律軌道型カメラを浮かべている、その少女は。
「ほ、帆艇葵さん!?」
つい昨日、一樹が助けた少女――大人気配信者の、帆艇葵だったのだから。
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