第16話 再び、ダンジョンへ
――呼吸が、止まるかと思った。
璃空が今告げたことは、単に笑い飛ばしていい話ではなかった。
たしかに、考えてみれば変だ。
一樹が偶然配信を切り忘れて素がバレるだけなら、まあ不注意というだけで済んだかもしれない。なのに、あんな中層にSSランクのドラゴンが現れ、しかもそれは超有名配信者のすぐ前だった。
……偶然にしては、あまりにも状況が整えられすぎている。
帆艇葵個人に恨みがある何者かが狙って起こした事件。
そんな風に考えた方が、まだ納得がいく。現実はフィクションじゃない。この気持ち悪いぐらいにしつらえられたシチュエーションに、何者かの、何らかの意図を感じる。
そう、つまり――
「俺が配信を切り忘れたのも、何者かの差し金だった……っ!?」
「んなわけあるか、それはお前がマヌケだっただけだこのドアホ」
――。
「いてて……あいつ、あんな勢いよく頭叩かなくてもいいだろ」
放課後。
一樹はわずかにたんこぶができた頭をさすりながら、学校を後にする。
サッカー部が練習しているグラウンドを横目に、校舎の方から響いてくる吹奏楽部の練習の音を聞きながら、一樹は正門をくぐった。
状況から察しが付くように、彼は正真正銘の帰宅部である。
といっても、部活に興味がないわけではない。
今は教師の働き方改革だとかなんとかで、部活動の外部委託化が進んでいるため、その煽りを受けて一樹の学校では部活に入っていない者も多いが――それでも一樹は部活に興味がある側の人間だ。
だって絶対運動部とかでエースになったらモテる。
吹奏楽部とかなら周りに女子がたくさんいる。
ザ・青春。部活動には、中高生の夢と希望と願望と妄想がすべて詰まっているのだ。
が――それでも一樹が部活に入っていないのには、それなりの理由があった。
「今日もダンジョンで、少しでも稼がないとな」
部活動になど、構っている暇はない。
俺は、自分の青春よりも、家族が――妹の笑顔の方が大事だ。……まあ、その妹も部活ではなく、バイトに勤しんでいるから、兄としては複雑な気分だったが。
一樹は小さく息を吐いて、ダンジョンへの道を急いだ。
――。
「ダンジョンへようこそ冒険者さ、ま……」
ダンジョン第1階層にある、冒険者ギルド。
ダンジョンへ潜る際はそこで冒険者カードを見せてから、ダンジョンへ潜ることになる。
命の保証がない危険地帯で、誰が何時間潜っているのか。それを正確に把握するためという目的もあるし、資格のない者や危険人物を通さないためでもある。
そんなギルドに立ち寄った一樹だったが、受付嬢(といっても異世界ではないので、黒髪であと巨乳のおねいさん)が営業スマイルを硬直させていた。
それは、一樹が例の超バズった有名人だったから――ではなく。
『シュコー……、シュコー……』
「……あの、失礼ですがなんの目的で?」
『ダンジョン攻略です……シュコー』
妙にくぐもった声で、なんかシュコーシュコー言いながら喋る一樹。
そんな一樹に、訝しむような目を向ける受付嬢。それもそのはず。
一樹の顔は、黒光りするフルフェイスの仮面を付けていた。より具体的に言えば、なんかあのお星様の大戦に出てくる赤い光剣を振り回す黒い人的な感じだった。
つまり、素顔がわからない。「銀行強盗だ! 手を挙げろ!」くらい言っていた方が余程似合う。
よって――
『ちょ、待ってください怪しい者じゃないんでペイントボールに手を伸ばさないでぇええええ!』
一樹(不審者レベル100)の絶叫が木霊した。
「――ひとまず、怪しい者じゃないというのは、百歩譲って信じましょう」
『ど、どうも』
未だに冷たい視線を向けられてたじたじになりながら、一樹は礼を述べる。
怪しさレベルマックスといえど、この処置は致し方ないのだ。だって、素顔を曝した瞬間一樹はまたスズメバチ団子になりかねない。
自らを守る上でも、パニックを避ける上でも必要なことだった(それでも、怪しい黒い仮面で素顔を隠す必要があったかについては疑問が残る)
とにかく、怪しい者でないのはわかってくれたから、ここから先はトラブルにならないよう、受付嬢の指示に従うべきだ――
「では、冒険者カードの提出をお願いします」
『あ、すいません無理です』
「は?」
即答した一樹に、巨乳美女の目が細くなる。
いやだって、無理に決まってる。冒険者カードは身分証と同じ。つまり、顔写真がガッツリ載っている。さらせるわけがない――
『だから待ってお願いだから通報ボタンに手を伸ばさないでぇえええええええ!』
一樹の悲しい絶叫が再び辺りに響き渡った。
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