第18話 生存確認と不穏な気配

 ここで、時は少しばかり遡る。

 

 帆艇葵は、ダンジョンの入り口付近にやって来ていた。


「ほんとに、ダンジョンに行くの? 葵」


 隣にいる里奈が、不安そうに声をかけた。

 昨日、配信中に襲ってきたSSランクモンスター、ドラゴン。その猛威で体中に追った傷は、確かに完治した。

しかし――心に刻まれた恐怖については、まだ残っている。


あんなことがあって、またダンジョンに入るというのは、利口な選択肢じゃ無い。

そう、葵自身もわかっていたし、なにより親友が心の底から心配してくれているのが嬉しい。

でも――


「大丈夫だよ、里奈ちゃん」


 葵は首を横に振って、毅然と答える。

 確かに、昨日のあれは恐ろしかった。今でも、思い出すだけで身震いがする。

 けれど、


「昨日、私が倒れた後も配信が進んでたせいで、いっぱいみんなに迷惑掛けちゃったから。ちゃんと配信して、私は元気だよ。なんともないよーって姿を見せないと」

「葵……」


 何の気なしに笑ってみせる親友を見て、里奈はそれ以上何も言うことができなくなっていた。

 本当なら、ダンジョンに踏み込むなんて怖くて仕方ないはずだ。

 それでも、心配を掛けた視聴者のために、今日も笑顔でいることを決める。葵とは――里奈の親友とは、そういう芯の通った強い人間なのだ。

 

 と、感心している里奈は気付かない。

 

「(そ、それにほら。ダンジョンに行くのは怖いけど、もしかしたら……あの人と会えるかもしれないし? いや、あくまでみんなを悲しませないことが目的で、そっちはついでなんだけど)」


 葵は葵で、頬を朱に染めて何やらごにょごにょ呟いていることに。


「とにかく、葵がダンジョンに行くのを譲らないっていうのはわかった。でも、気をつけてね」

「うん、わかってる」


 葵は頷くと、半自律可動型カメラを浮かせて、ダンジョンに突入していった。


――。


「突然だけど、緊急生放送するね」


 配信サイトで生配信を始めると、ほんの数秒で人が集まってきた。

 一応平日の午後ではあるのだが、昨日のことがよほど話題を攫ったらしい。一瞬で同接数が1000人を超えてしまった。


『おおおおおおお! 生配信!』

『生きてる! 生存確認』

『速報! あおちゃん無事!』

『心配したんだぞ~』

『怪我とか後遺症は大丈夫?』


 濁流のように流れるチャット。それを見て、葵は安堵と感謝に唇を綻ばせながらも、伝えなければいけないことを伝える。


「まずはみんな、心配かけてごめんなさい。生配信の途中で、ドラゴンにやられて……一歩間違えば、みんなにも心に傷を負わせてただろうから。命の保証がないダンジョンで、自分の命を守る配慮も、みんなを心配させないための配慮も、足りてなかった。だから、この場を借りて謝罪します。本当に、申し訳ありませんでした」


 葵は、精一杯の思いを込めて頭を下げる。

 葵自身、どんな謗りも受け入れるつもりだった。命の保証のないダンジョンでは、カメラの前で息絶えたとしても不思議では無い。

 でも、そんなことはさせないように努めるのも、配信者として当たり前に必要なことなのだ。

 だけど――


『そんなのいいって』

『そそ。あおちゃんが生きてるならなんでもいい』

『次から気をつけてな~』

『マジで焦ったが、生きてるんだからセーフ。ただ、もうあんなことはしないでね』


 流れてくるのは、葵を労るようなコメントばかり。

 だから、葵は気付かなかった。そんな、温かいコメントの濁流に紛れて――一つだけ、ことに。

 あまりにも早く、チャット欄が流れているものだから、それに誰も気付かなかった。


――。


「みんな、ありがとう」


 温かい気持ちのまま、葵は感謝を述べる。

 これで、彼等へすべきことはほぼ完了した。あとは、まあ元気にダンジョンを探検する姿だけ見せようと思うが、今回は上層攻略だけにするから、昨日ほどの危険はないはずだ。

 だから、あとすべきことは――


「できれば、イヌガミさんて人にもお礼を言いたいんだけどなぁ。


 ――そう、ぼそりと呟いた。

 今も増え続け、少なからず配信者としてのイヌガミを知っている視聴者およそ2000人の前で。



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