第50話 道敷


二十年前、アルカディアと連邦の間で、大戦と呼ばれる戦争が起きた


その戦いは小規模な勃発的な争いを含めて十年以上、続く激しいものだった


戦死者は双方合わせて三千万人


特に双方の兵士や民間人が戦死した激戦区であるポルスカ区にはアルカディアと連邦、双方の慰霊碑がある


年に一度、八月に行われる慰霊祭に連邦の『セルゲイ=セマルグル』外務次官が訪れることになった



夏の太陽の光がこのアルカディアに降り注ぐ


ミーンミーン


蝉の鳴き声が響く


もう、この場所でこの蝉の大合唱を聞くのも十回目になるか


十年間、毎年、この日は、ここを訪れる


喪服を着た金髪の少女の姿をしたサイボーグ『ランドルフ=ピグマリオ』はマリーゴールドの花束を持って戦没者の墓を訪れていた


いつも八月のこの季節にはここを訪れることをしているのだ


あまりにもこの大戦で多くのものを失った


自分はこの戦いで『戦友』と『息子』を失ったのだ


「久しぶりだな。『ラン』。相変わらず、そんな格好をしているのだな」


背後から突然、声をかけられてランドルフは慌てて振り返った


見れば喪服を着た細身の老人が立っている


白髪をオールバックにして左目の傷を隠すようにサングラスをかけていた


来年、八十になると思うが背筋は曲がっておらず、歳の割には若々しい


その隣には彼の身の回りの世話をする女性型アンドロイドが立っている


ショートボブで紫色の着物を着たアンドロイドは無機質な表情でこちらを見ている


「久しぶりだな。『道敷チシキ』。死んだと聞いていたが」


「俺は死なんさ。お前はあの戦争は何と思う?異世界の技術を使い、アルカディアに攻め込んできた連邦を恨んでいるか?」


「恨みはない・・・、と言うのは嘘になる。しかし、今はアルカディアと連邦の関係は互いの禍根を乗り越えながらも良好だ。お互いに異世界から来た移民や脅威の問題に立ち向かわなければならない」


「嘘だ。お前も私もあの戦争で自分の子供を失った。酷い戦争だった。アメリカは我々を見捨て、私は娘を失い、彼も泥沼の中戦った。戦後に彼がああなったのは無理もないことだ。だからこそ私はその報復がしたい、最近は起きている時も寝ている時もそのことばかり考えている」


「何?」


「今度、八月の慰霊祭に連邦の外務次官が来る。そこで私は彼を暗殺するつもりだ」


「馬鹿な、そんなことは許されない。私のような暗殺者になるつもりか?英雄のお前が」


「もとよりその覚悟だ。ラン、私を止めたいならば来い」


道敷は手を振ってランドルフを招いた


ランドルフは地を蹴ると道敷に拳を突き出した


しかし、道敷はその拳をあっさり、受け止めると、そのまま、地面に叩きつける


合気道


若い頃、道敷とともに道場で学んだが、三本に一本は取られた


道敷は近接戦闘の天才


そして、この技、この10年でそのキレが増している


ランドルフの腕が変形してショットガンが飛び出した


ズドン!


発砲するが、関節が極められて、銃口が明後日の方向に向けられて散弾は墓石を砕いた


「仲間に伝えておけ。我々の同胞を殺し、私の娘を殺し、彼を狂わせた連邦との仮初の友好などいらない」


道敷の手には対サイボーグ用のスタンガンが握られている


「よせ、道敷。復讐に何の意味があるのだ」


「相変わらず、なりの割には真面目だよ。お前」


バチバチバチ!!


スタンガンから電気が走り、ランドルフの意識が一瞬で飛ぶ


拍手する音が道敷の後ろからした


背後を振り返るとメガネをかけた男『蜻蛉リベリュール』が拍手をしている


「お見事。しかし、これでもう後戻りできませんな」


ーー後戻り?


ーー否


道敷は口元で笑った


しかし、そのサングラスの奥の瞳には燃えるような闘志が輝いていることに蜻蛉リベリュールは気づいた


「俺は不退転の炎だ。必ず、復讐を果たす。その後が、この欧州が、世界が戦火で焼かれようともな」

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