アクシデントは頻繁に
「なーにしてるの」
「!?」
塔の内部へと飛び込み、幾重にも重なった装置を足場に駆け上がった先。
地上から約25メートルほどの高さにあたる場所に、少女はいた。
人型。それも反応からして間違いなく知性を持っている。
それなりの強さを持った魔物か、はたまたザミエルのような魔人か。
どちらにせよ、見過ごすわけにはいかない。
にらみ合い。どうやらかなり怯えているようで、がむしゃらに飛び掛かってくるような雰囲気もない。
一挙手一投足に意識を割きながら、装置に目を向ける。
戻ってきた藍玉を発動させ、魔力視の権能を存分に活かす。どうやら特に何か装置に細工されているわけではない。
何もないなら、それが一番なのだが。
「あ、あの。私、迷いこんじゃって」
「証拠は」
涙目になりつつ少女が語る。警戒は解かない。狡猾な奴なら、爪を隠して油断した隙に逃げたり首を刈ってきてもおかしくない。
最大限警戒を強めながら、少女を観察する。
まず視界に入るのは、やはり頭に付いた小さな二つの角。
少し捻じれた黒いそれらは、まず間違いなく彼女が人間ではないことを示している。
次に腰からちらりと見える小さな翼。これも同様に、人間ではない証拠。
瞳の奥に渦巻いているのは、マナに似た異質な気配。
ダンジョンに満ちているマナとはまた別種の何か。ザミエルのそれとも違うが、まだ魔物や魔人ではないと判定するには焦燥。
魔人それぞれに特殊なマナが宿っている可能性だって存在する。
『純粋なマナではない可能性が高い』ということを念頭に置きつつ、今私の藍玉を越して伝えられる情報から判断するなら、彼女の持つマナの適性は光。
魔物が光属性を持つことは稀だが、私のリーサルウェポンである天白の素材になっている“幻白晶”、その元である白坑道の地竜カーレインはその身に莫大な光属性のマナを蓄えた竜種だった。
やはり魔物ではないと判定するには情報が足りない。
「その……証拠は、ないんです、けど」
「じゃあ私としては信じられない」
「あう……」
:かわいそうなんじゃ
:悲しいけど、これが正しい判断なのよ
異界収納から沫雪を抜き放つ。エンチャントもされていなければ特殊な機構があるわけでもない、ただの鋭い刀だ。
周りが魔導機関だらけなため、うかつに魔術の使用はできない。
書かれている術式が狂えば、これまでの準備が全部水の泡になってしまう。
「両手を上げて。私の顔を見て。言う事を聞けば殺さないであげる」
我ながら、甘すぎる判断だ。
知性があるからって、できるだけ殺さない道を選び取ろうとしてしまう。最善はきっと、問答無用で斬り払う事だろう。
変なところで合理的になれない半端者。だから最大限、甘ったるい私のやり方を貫き通す。
切っ先のその先、うるうると揺れる紫色の瞳が、私の顔を見る。
持ち上がった腕と肩に、桃色のボブカットの髪がかかる。
両手を上げた体勢で、少女は動きを止めた。
「そのまま」
観察する。特に何かを隠しているわけではない。
不安げに揺れる瞳。落ち着きなく動く小さな翼。
私を見つめるその顔に、敵意も害意も感じることはない。
これなら大丈夫だろうと、張りつめていた気を────。
「ほらね」
「ぐぁっ……」
沫雪の柄が、角の生えた桃色の頭を打ち据える。
殴った感覚が手に伝わる頃には、すでに少女に迫っている私の刃。
最初から油断なんてこれっぽっちもなかった。気を緩めたのだって、ただの演技だ。
最重要施設の侵入者に対して、どうして気を緩められようか。
「詰めが甘い……と言うより、そもそも頭が軽い」
刀の峰を腹にぶち込んで、そのまま打ち上げる。
装置を蹴って跳びあがり、空中から回し蹴り。塔の外へと蹴り飛ばす。
どうやら小さな少女の姿は仮だったようで、噴き出したモヤが晴れた先にはそのまま成長したかのような姿の女が飛んでいた。
すっかり大きくなった翼をご立派に羽ばたかせている。
「白の長髪に淡い瞳……なるほど、ザミエルをやったのはあなたね?」
「違うと言ったら?」
「残念ながらお見通しよ」
「そう。なら死んで」
妖しく目の前の女の瞳が光る。避けえない何かに引っ張られるように、私の視線が吸い込まれていく。
瞳を閉じて異界収納へと接続し、天白に手を掛けて逡巡。
全力で天白を振ってしまえば、概念無視の斬撃が塔へとヒットし斬り裂いてしまう可能性に思い至った。
「あら、何か出してくると思ったのだけど……あぁ、なるほど」
「お前にはこれで十分」
マナドライバ、並びに“
空中に現れた氷の足場を踏み、空を跳ぶ。鈴の様な澄んだ破砕音を置き去りにした私の視線の先は、桃髪の女。
狙うのは露出した腹、いけそうなら手っ取り早く首。どちらも無理そうなら、回り込んで翼を落とす。
露出の多い服装ゆえに、恐らく防御力はそこまで高くない。深層レベルの魔物または魔人ゆえに身体強度は高くても、流石に私が断ち切れないほどの硬さはないだろう。
おそらくある程度私に関する情報は持っていると考えた方がいい。
ザミエルとの戦いを見ていたのか、それとも他の場所から情報を仕入れているのかはわからないけれど、どこかしらから私の手の内はバレている。
対応される前に、殺しきらなければ。
「ふふ、短気な女は嫌われるわよ?」
「残念ながら、私には全部受け入れてくれる旦那さんがいるから、ね!」
振るった沫雪が空を斬り裂く。紙一重で避けられた。
比較的空中戦が得意な方と言えど、本来人間は空を活動圏にしていない。翼のあるあちらの方が、私よりも何倍も有利だ。
飛んできた魔術を弾く。魔術の核を捉えた沫雪は、マナの光を散らしながら泳ぐように空へと走る。
どうやら近接戦闘よりは遠距離戦闘の方が得意のようだ。
懐に潜り込みさえすれば、勝ちの目は十分にある。
「あら、積極的ね」
「近づかないと殺せないからね」
「うふふ。積極的なだけじゃなくて情熱的なのね」
「お前への感情は冷めきってるよ」
研ぎ澄ました殺意が、彼女の身を貫く。見えたビジョンのままに、最短距離を駆け抜ける。
速さは強さだ。運動エネルギーは攻撃力だ。
狙うは翼。放つのは、神速の抜刀術。
空を蹴り飛ばしたその勢いのままに、明確な殺意を乗せた一刀は、放たれる。
ガキンと、刃がぶつかる音がした。
「確かに遠距離戦はしてたけど、近接戦闘が苦手とは言ってな──」
「遅い」
防がれた。その刹那の後には、既に私は背後に回っている。
正面からの一撃をブラフに、本命のバックスタブをねじ込む戦法。
あまり正々堂々という感じではないが、そもそも戦いに綺麗も汚いも存在しないだろう。
心臓を一突き。即死だ。
魔物なのか、それとも魔人なのか、それは分からない。
とりあえず侵入者は排除した。随分呆気ない最後だったが、なにもドラマが無いままに終わることこそが一番だ。
「こちら03。侵入者は排除した」
『こちら山岡。とっとと戻ってこい。塔の起動記念でパーティやってんぞ』
「……了解」
人が仕事してるってのに一足先に、しかも塔の構築に著しく貢献した私を除いての記念パーティとは、ちょっと文句を言うべきかもしれない。
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