始動

 ダンジョン街建設予定地のすぐそば、少し小高くなっている丘の上。

 少し乾いた風が吹き抜けるこの地帯は、十一層荒野地帯と森林地帯の間に位置する見渡す限りの大草原。

 比較的ではあるが他の地帯よりも厄介な魔物がいない都合もあり、世界初の十一層のダンジョン街はこの草原に作ることに決定した。


 ダンジョン内には、季節が無い。正確には、四季が無い。

 雨が降ったり気温が変わったりなどの気象的変化は存在するが、しかし明確に季節が変わるといったことはダンジョンの中では起きることが無い。


 春の陽気にも似た暖かな日差しと匂いの中、白い綿毛を連れて風が走る。

 広がる青空の下、人の声が入り乱れながらに建設予定地は発展を続ける。

 六層に“裂け目”を発見してから二週間。ダンジョン街建設計画が発表されてからはもうちょっと。

 本格始動するのは、あと一週間くらい先と山岡が言っていた。


 世界初の試みという事もあり、どうやらギルド日本支部はこの計画に対し、巨額の予算を投じているらしい。

 街の中に聳え立つ巨塔。円筒形のそれは、薄い揺らぎを放っている。


 高さ40メートルにも及ぶ塔。割り振られた番号は『9』。

 第十一層と第十二層を繋ぐ階層間通路を囲うように、ギルドは十二の塔を建設していく予定だ。

 その十二の塔の下にダンジョン街を建設する。


 回路式魔導機関。俗にいう“魔導具”のでっかい版。

 主に産業用に運用される装置に名付けられたそんな名前すら生ぬるいと思えるほどの超巨大な魔導具が、いま私の目の前に聳え立つ白亜の塔だ。

 大量の魔導触媒を使用し、現行魔導学の最新鋭の技術をつぎ込み、世界中の魔術の天才たちや研究所・企業を招集し、ついでに私の“極光秘めし御守の藍玉トゥルース=アクアマリン”を使って構築した結界魔術。

 儀式級もはるかに超越したそれを、十一層に満ちる深層のマナを活用して全自動半永久で発動し続けるのがこの塔の役割。


 効果範囲は半径約500km。ダンジョンの広さを考えればそれでも全然足りてはいないが、少なくとも500km圏内であれば以前よりも魔物の力は抑制され、ハンター側の能力は向上する。


 深層……十一層以降は、端的に言えば魔境だ。

 今までの層域をまたいだ感覚とはまるで違う、地上から地獄の底へと叩き落とされたかとも錯覚するほどの、隔絶した差。

 十一層に到達したハンターのうち、生存しているのは5%にも満たない。

 下層と深層では世界が違う。十層を踏破できる化け物が軽く死んでいくのが、深層という地獄の底だ。


 とはいえ、深層最初の壁と呼ばれる部分を越えたハンターの生存率は高い。

 深層の怖いところは、一切慣れる時間を与えられないままに隔絶した差を叩きつけられる部分にある。

 助走ナシの全力疾走を強いられていたのが以前までの深層。そんな環境を変えて、助走くらいはできる様にしようというのが今回の“塔”が担う役割というわけ。


「こう見ると壮観だねぇ……」


:映像越しでも迫力凄いな

:何気にこのレベルの建造物を二週間程度で完成させてるのイカれてるよね


「そこはまあ、ハンターたち総動員で建設進んだし」


 塔の足元、広がった魔術陣が光を放つ。

 幾重にも重なったそれは、まるでひとつの芸術作品とも思えるほどに整然とした美しさを放っており、また魔術にある程度造詣が深い者が見れば、尋常ではない技巧によって詰め込まれた術式が織りなす機能美に息を呑むことだろう。


 一歩間違えればたちまちに破綻する奇跡的なバランスで成り立った稀代の術式。

 こうして歴史的な代物が動作を始める瞬間と言うのは、どうにも言えない感動のようなものがある。それに私も携わっているとなれば、その感動もひとしおといったものだ。


 一度飛び立てば、ダンジョンに満ちるマナによって動作が安定する。

 宇宙へロケットを打ち上げるようなものだ。一度発動までこぎつけることができれば、刻まれたマナ循環の術式とマナ吸収の術式が結界を張り続ける。

 初動さえどうにかなれば、この塔はこれからのハンターたちの未来を明るく照らす灯台となり、新たな深層のシンボルとなる。


 高さ40メートルの巨塔が、唸り声をあげる。

 内部に組み上げられた大量の魔導機関が連鎖的に動作を始めた。

 次第に音は高くなっていく。同時に、塔の周囲に大量の魔術陣が現れ始めた。


「……はは。すっご」


 春の日差しが降り注ぐ草原の中、天を衝く白亜の塔が水色の幾何学模様に包まれる。

 塔の直上、七重に重なった結界の核となる陣へと、補助術式たちが刻まれた陣が接続されていく。

 回転しながら、次へ次へと繋がっていく魔術陣の連鎖。


「シアさん、こちらにいらっしゃいましたか」

「あ、真白さん」


 横から声をかけられそちらを見ると、黒い髪を風に揺らしながら真白さんが歩いてきた。

 風になびいた外套が、草原の景色によくマッチしている。


「ハンターズギルド魔導工学課、並びに国際魔導学会の代表者が視察にいらしています。塔に使用されている魔導触媒や装置、他には魔導核についていくつか質問があるそうで」

「んあー……めんどくさそうだから忙しいって言っといて。どうせ『安全性は大丈夫なのか』とか『暴走したらどうする』とかでしょ」


 軽く視線を向けながらお偉いさんが言いそうなことを口から出してみれば、視線の先の真白さんはどこか呆れたように、肩をすくめながら小さく笑った。


「ええ。全く同じ台詞でした。三回ほど」

「ほら見ろ」


 とはいえ、まあ懸念自体はわからなくもない。なにせ世界最大規模の術式だ。

 それも私一人が、機械に頼ることなく装置へと刻んでいったもの。確かに術式の構築に関しては外部的な協力はあったが、設計図を見ながら筆を動かしたのは私だ。

 史上最大の装置。設計こそ世界中の精鋭が行ったが、最後に形にしたのはただ一人の人間。

 疑うなと言う方が無理がある。

 私がただの魔術が一流なだけの人間ならば、の話だが。


「大丈夫。最悪の場合でも暴走する前に自動分解されるように細工してきたから」

「あなたって人は……」

「ふふーん」


 高度な現場判断、というやつだ。困ったらこう言っておけば大抵何とかなる。

 特捜部に所属してからの独断専行はこの言葉で全部誤魔化してきた。組織人としてはちょっといかがなものかとも自分でも思うが、あくまで外部協力者という立場だからギリギリセーフである。


 とうとう最終段階に入っていった術式が、徐々に回転数を落としていく。

 マナを流入させ、それを術式内で循環させる。結界の維持に必要なマナを周囲から補給する特殊機構も問題なく作動しているらしい。

 深層のマナを扱うのは初めてのために少々不安があったが、どうやら杞憂だったみたい。


「……安定してきたね」

「ええ。案外なにもなく起動できましたね」

「縁起でもないこと言わないで欲しいんだけど」


 何事もなくこのままいけば、予定より少しばかり早く運転に入れるだろう。塔の下で起動を見守っていた現場作業員やハンターたちが、あわただしく撤収していくのが見える。

 重要施設が固まる予定になっているダンジョン街中央部には、大量の骨組み。

 結界は安定。目に見える異常は無し。



 違和感。



:は?

:え

:映像どうなった

:これ既視感あると思ったらシアが超速戦闘してる時と同じだ

:えシアちゃん飛び出したの?


「迷安特捜二番隊、コールサイン03より司令室へ。塔内部への何者かの侵入を確認。ただちに内部へと突入、対処します」


 もしもの時のために置いてきていた藍玉の権能が、私の脳に侵入者の存在を報せてくれた。やはり保険と言うのは作っておいて損はない。


『こちら司令室山岡。一応聞くが援軍は必要か?』

「いらない」

『わかった。叩き潰してこい』

「了解」



 世界初の深層ダンジョン街。その建設の幕開けは、どうやら静かにはさせてくれないらしい。

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