第3話 救世主

「ああ、兵隊さんは軍隊が長かったのかい。ネストっていうのは……」


「店主、無駄なおしゃべりは感心しないぞ」


 フォルにネストの意味を説明しようとした店主を、ジロという少女が遮った。

 店主はバツが悪そうに口を閉ざす。

 その声は女にしては低く、凛々しいなとフォルは思った。

 ジロは倒れた連中を無力化し、淡々と処理していた。


「兵隊崩れが暴れれば、こうなる。それだけを覚えておけばいいのだ」


 ジロの視線は同じように薄汚れた軍服を着ているフォルに向けられていた。

 実は、今まさに強盗をしようと思っていたところなのだとも言えず、フォルは苦笑する。

 

「要するに、ネストってのは恩知らずって意味なんだろ?」


 フォルが呟いたその言葉に、ジロは目を細めながら振り向いた。


「なんだと、コラ。兵隊崩れ、誰が恩知らずだって?」


 自分に向かって凄むジロの姿を改めて正面から目にし、フォルはやはり不思議な印象を受けていた。

 ジロという人間は確かに女のように見える。

 身長は平均的な女性からすれば高い。声も低い。スーツから覗く前腕も、他の部分も筋肉がついている。それでも、胸にはわずかなふくらみがあり、顎のラインや額の形が女だ。

 が、鎖骨や肩の形。それに膝から下の形が男のものであるのはどういうことか。

 

「いや、だってそうだろ。確かにアンタは助けを乞うてないよ。しかし、形として俺は助けたんだ。それが礼の一つどころか、ゴミを見るような目で睨みやがる。恩知らずの無礼者以外、表現のしようもないだろ」


 フォルは頭を掻きながら告げた。

 事実は事実なのだ。一歩たりとも退くつもりもない。


「やめときなよ、兄さん。ジロさんはキレたらおっかない……」


 店員のとりなしに顔をしかめたジロは懐から財布を出し、紙幣を一枚机に置いた。


「悪かった。ワタシの態度にも反省するべき点はあったかもしれない。お詫びにおまえの食事代はワタシが出す。これでいいな。湖の蛇団は恩知らずなんかじゃないと覚えておけ。それから、ネストっていうのはならず者を取り締まる自警団だ。覚えておけ」


 そう言い残すと、ジロは捕まえた暴漢たちを連れて店を出ていく。

 フォルは強盗をする気も失せ、ジロが残した金で目一杯の食事を胃に詰め込みながら行くアテを探るのだった。

 

 ※


 夕方も日が沈むころになって、浮浪者や宿無しで半分ほど埋まった公園でボンヤリしていたフォルは通りがかるジロを見つけ、声を掛けた。


「よう、ジロちゃん」


 しかし、ジロの方はフォルを見てもピンとこないようで怪訝な表情を浮かべている。

 

「ほら、飯屋の……」


「ああ、おまえか。なんの用だ?」


「いや、昼飯を腹いっぱいに喰ったんで公園で寝てたんだ。あの後ネストってのについてあの店員に聞いたよ。なんだっけ、治安維持委託だっけ?」


 フォルは昼間、店員に聞いた説明を思い出す。

 この数年、戦線の拡大に伴って軍が膨張し、関連する人員を捻出していった結果、ギンセイ市の治安維持要員が確保できなくなったのである。

 その為、ギンセイ市の藩政府はついに治安維持を民間の団体に委託することになったのだという。この時、委託を受けた組織のことを総称してネストというのだそうだ。


「で、いくつもあるネストのなかであの食堂があるような五番街ってあたりを受け持っているのがジロちゃんの所属するところなんだってね」


 ジロは細い眼をさらに細めてフォルに近づいてくる。

 その立ち姿には、吐く息まで剣呑さを纏わせ見る者を怖気づかせるには十分だった。


「おお、お勉強したじゃないか。それで、それがどうしたんだ。兵隊崩れ」


 ただし、フォルは例外らしく、おびえずにヘラヘラ笑うと視線を横に向ける。


「怒るなよ。たまたま見かけたから昼飯のお礼と、謝罪をしようかと思って声を掛けたんだ」


「謝罪?」


 予想外の申し出にジロの眉間には皺が寄った。


「ああ、ネストを恩知らずだなんて言ってしまって、悪かった。誇りを持ってやってるんだろ。あの店の店員もアンタのことを褒めてたよ。おかげで五番街は平和だって」


 唐突な誉め言葉に気勢を殺がれたジロも視線を逸らす。

 変な雰囲気になってしまったため、ジロは咳ばらいをして空気を変えると、再び口を開く。

 

「そうか。わかった。ところで、おまえには寝床があるのか?」


「そんなもんがあれば公園で寝てやしないよ」


 フォルは正直に、情けない身の上を伝える。

 じゃあ、と前置きをつけてジロが話し始めた。


「近頃は兵隊崩れが流れ込んで来て、あちこちで問題を起こしている。他のネストでは兵隊崩れを雇い入れているところもあるそうだがおまえ、行く当てがないならうちに来るか? 人手不足で雑用役が欲しかったんだ。これも何かの縁だし、小遣いが出せるかは働き次第だが、飯と寝床くらいは用意してやれるぞ」


 唐突なジロの提案に、フォルは驚いた。

 だが、断る理由もない。


「ぜひ頼むよ」


 飯と寝床があれば生きてはいける。

 フォルにとって、ジロの申し出は神々しい救いに見えたのだった。

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