第4話 砦入城

「ああ、着いて来いよ。そういえば、おまえの名前をまだ聞いていなかったな」


 ジロはフォルに手招きして、名前を聞いた。


「俺はフォル・クダンだ。何者でもない、兵隊崩れの宿無しさ」


 他に告げるべきことはなにもない。フォルの自己紹介を聞いてジロも自らの名前を名乗った。


「ワタシはジロ・カルタメイカー。五番街の治安を預かるネスト『湖の蛇団』の一員だ。それから、色気のある話を期待しているのなら残念だが、ワタシは女じゃない。もし訳の分からないことをしようと考えているなら即座に殺すから、そこのところは覚えておけよ」


 剣呑な目の奥が光る。ジロなら躊躇いもなく、そうするだろうし、技量は十分なのもフォルは目にしていた。

 しかし、そんなことよりもフォルにとっては、へえ、やっぱり男なんだ、という方が素直な気持ちであった。

 例えば軍隊でも妙に女っぽい体つきの兵隊はいた。

 それは戦場のストレスによって体が調子を崩してしまった結果だったりしたのだが、いずれにせよそういった者ほど男らしさにこだわり、女呼ばわりする者に拳を振っていた。

 それで食堂でお嬢さんと呼んだフォルに対してジロは腹を立てたのだろう。


「なあ、ジロ。お嬢さんとか言って悪かったな」

 

 フォルはジロに謝る。相手が言われたくないことは言わない方がいいし、言ってしまったのなら、早めに謝っておかなければいけない。

 戦場では、それが出来ない者の多くが、つまらないいさかいから殺されていた。


「ふん、慣れているから気にするな。とはいわんが、二度と言わないのなら許しいてやろう」


 ジロは尊大に胸を張って言い渡す。

 おもしろいやつだ。フォルは思わず笑った。

 フォルの笑みにジロは怪訝な表情を浮かべるが、とにかく話は決まったらしい。


「こっちだ。ついてこい」


 そう言って、ジロは歩き出す。

 細いのジロの背中を見ながらフォルはトボトボと後をついていくのだった。


 ※


「ここが湖の蛇が潜む蛇の巣だ。ブロッカ砦と呼ばれている」


 市街地の外れまで歩いてきたフォルに向かい、ジロは胸を張って言う。

 

「誰が呼ぶのさ。こんなところ砦って」


 フォルはブロッカ砦を見ながら疑問を投げた。

 砦といえば軍用の防衛施設であるが、目の前に立つのはどう見てもオンボロな倉庫だ。砦っぽい要素なんてせいぜい、入り口に大きく『湖の蛇団』と書いてあり、その横に蛇をモチーフにした紋章が掛けられていることくらいだろうか。

 建物自体、最初は小さな二階建ての木造小屋があったのであろうが、後から横に倉庫部分を増築したものに思われる。

 ここに籠って戦うくらいならまだ、地面に穴を掘って籠った方がいいだろう。


「ここにはいろいろな歴史があるんだ。とにかく、雨風は凌げる。嫌ならそこらの野原で寝るか?」


 ジロから言われ、フォルはバツの悪そうな表情を浮かべた。別に文句はないのだ。

 ただ、名前があまりに実態と乖離していたために戸惑ってしまっただけである。

 ジロも本気ではないらしく、笑いながら砦の、元からあるらしい家屋部分に入って行った。

 立ち入ると、一階部分は事務所になっているらしく長椅子といくつかの事務机、それから書類関係がゴチャゴチャと散らかっていた。

 

「書類には触るな。引き出しや棚は無闇に開けるな。大したものは入っていないが、おまえが信用できるかの判断材料になる。追い出されたけりゃ、ゴミを漁れ」


 そう言うとジロは長椅子に腰を下ろす。

 建物に似合わず、高級そうな長椅子には背もたれが着いていた。

 

「いや、別にそんな行儀の悪い事しやしないよ。それより、他の連中は留守かい?」


 革の上着を脱ぐジロにフォルは質問した。

 聞いたところによればネストというのは十数人から、多くて数百人が所属する組織なのだという。湖の蛇団は縄張りが小さいと聞いたし、この小屋の規模を見ても多くて十人程度だとは思うが、だとすれば他の連中とは早く顔合わせをしておきたい。ここで寝ているところを泥棒とでも間違われて攻撃されたらたまらないからだ。

 しかし、ジロはキョトンとして周囲を見回した。

 そうして、視線をフォルにもどしたジロは薄く笑う。


「ああ、他のメンツね」


 上着を背もたれに掛けてジロは言った。

 あらわになった腕には両方に刺青が入っていた。一連のデザインではなく、それぞれが独立して描かれた個別の紋章らしい。

 また、薄着になれば一層目立つのだが、どう見ても胸は膨らんでいる。しかし、確かに骨格は男のものに近かった。


「今はいない。もうすぐ村で祭りがあるんだ。その準備にワタシ以外の全員が村へ戻っている。いってみればワタシが留守番なんだが、そのワタシがネストの用を足しにここを空けると誰もいなくなるだろう。それじゃあ、緊急の用がある客なんかに悪いから留守番役を探していたんだ」


「村って?」


 当然の疑問をフォルは口にした。

 ここはギンセイ市である。なぜ突然、村落の話になるのだ。


「村っていや、ブロッカ村だよ」

 

 ジロの方でも何を当たり前のことをという表情で返す。


「だから、それが解んないんだって。なんだよブロッカ村って」


 と、ようやくここでフォルの疑問が腹に落ちたのだろう。

 ジロは順を追って説明を始めるのだった 。

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