第43話 推しを寝取った男からのSOS!?
あんこはスタジオの外に出て、しばらく人気のない裏通りに立ち尽くしていた。
資料の束を抱え、目の前が真っ暗になるような思いだった。
巨大な男性アイドル事務所"ダンディーズ"。スキャンダルを闇に葬る力を持つ、まさに裏の世界と繋がった巨塔――そこに、夜街はひとりで向かっていったのだ。
(あたしに…なにができるの?)
手は震えていた。足も前に出なかった。
今までVTuberとして、いろんな舞台を踏んできた。
だが、これの戦いは情報が少なすぎるし、一人でやらなければならない――
そのときだった。
スマホが震えた。
あんこは、ビクっとして、スマホを取り出し、そして画面を覗き込んだ。
通知欄には【Twitter】の表示。DMの着信があったらしい。
こんなタイミングで誰が――。
開いた瞬間、目が大きく見開かれた。
DMを送ってきたアカウント名。それは…
日向透。
まさか、と思った。あの、日向透。ダンディーズのトップアイドル。
そして何より――夜街との熱愛報道で、SNSを炎上させた男。
あんこの胸に、瞬時に熱い怒りがこみ上げてきた。
(こんなときに、ふざけんな!!)
握りしめたスマホがきしむほどに力が入った。
あの報道が出たとき、自分を含め、どれだけ夜街のファンが傷ついたか。
どれだけ夜街自身が批判され、それでも配信を続けたか。
自分も夜街を殺すために、家に突入までしたというのに。
その本人からのDM? どのツラ下げて?
さらに追い打ちをかけるように、日向透はダンディーズ所属。
まさに、夜街の敵ともいえる組織の中心にいる存在――。
(……でも、)
怒りとともに、胸の奥に微かな違和感が生まれた。
なぜ、あんなトップアイドルが、自分に?
なぜ、いま?
迷いながらも、あんこは指を動かし、DMを開いた。
「突然の連絡で申し訳ありません。ですが――
夜街さんを、助けてほしいんです。」
その言葉を見た瞬間、あんこの中の時間が止まった。
視界の端がぼやけて、ただ一文だけが脳裏に焼きついていた。
(……あんたが、助けを求めるって……)
このDMの意味はまだわからない。
罠かもしれない。裏切りかもしれない。
でも――夜街に繋がる、細く、しかし初めての、生きた線。
「……話、聞くだけはしてやるわよ」
小さくつぶやいて、あんこは返信ボタンに指を伸ばした。
それから、一時間後。
あんこはマスクを深く被り、人目を避けるようにして喫茶店の扉を開けた。
そこは、都内でもひっそりとした住宅街のなかにある隠れ家的な店。
目印だった赤いベレー帽の人物をすぐに見つけた。
日向透だった。
テレビで見るような、明るい金髪も、特徴的な目元も、巧妙に隠されていた。
帽子、伊達メガネ、カーディガン。地味というよりも、徹底した"背景"への擬態だった。
「黒羽さん、こちらです」
声も抑えていた。
あんこは席に座ると、すぐに尋ねた。
「夜街さんは、今どこにいるんですか!」
焦りを隠す余裕はなかった。
怒りもある。苛立ちもある。そして、何より、心配だった。
日向は一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに、申し訳なさそうに頭を下げた。
「…顔バレのリスクもあるのに、会ってくれて、ありがとうございます」
その態度は、いつもテレビで見るおちゃらけたアイドルのそれではなかった。
静かで、礼儀正しく、そして――疲れていた。
「連絡が、取れないんです。夜街さんとは……。でも、彼女、復讐を…兄さんの……」
その言葉はかすれ、震えていた。
あんこは口を開こうとしたが――
パンッ!
急にテーブルに何かが叩きつけられる音がした。
ふたりともそちらに目を向けた。
ウェイトレスかと思ったその人物は、明らかにそれとは異なる空気を纏っていた。
タイトスカートに白いシャツ。無駄のない動きに、研ぎ澄まされた目線。
そして、あんこは、その顔を見て絶句した。
「え、え、え、……なんで……?」
現れたのは――
引き抜き専門事務所、"火影"の敏腕OL、鷹見レイだった。
「そういった、機密情報は、こういう開けた場所で話すもんじゃないわよ」
そう言い放つ彼女の言葉には、威圧感すらあった。
だが、彼女の背筋は伸びていて、声は冷静で、余計な芝居もなかった。
「うちの事務所。そこで話しましょう。夜街救出大作戦を」
一拍おいて、静けさが落ちた。
あんこは、なぜ彼女がこの話を知っているのか、どこで繋がってきたのか、考えようとしたが――
それよりも先に、鷹見の迷いのない歩みに引っ張られるように、席を立っていた。
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