第44話 二人はV黎明期最強のバディー!?
重たい扉が、きぃ、と鈍い音を立てて開いた。
そこに広がっていたのは、意外にも普通のオフィスだった。
壁には企業理念らしきフレーズが貼られ、デスクにはパソコンとファイル類が整然と並んでいる。観葉植物まであった。
だが、ただ一つ、決定的に異なるものがあった。
――社員たちが銃の手入れをしていた。
日向が目を剥いた。
「な……っ!?」
パーツを分解して丁寧に拭き、オイルを差し、銃器のバランスを確認していた。
それはまるで書類にハンコを押すような日常の一環だった。
誰もこちらを気にする様子はなかった。
しかし――一人の男が、ふと振り返って、あんこを見た瞬間、表情が変わった。
「お、おい……お前……黒羽ヨハネじゃねーか……」
あんこは一瞬身構えた。
「な、な、な、なんで知ってるんですか!?」
思わず後ずさりするように声を上げた。
すると、隣にいた鷹見がくすっと笑った。
「彼、元・しろさぎ高校の暗殺者だから。前、あなたのこと、暗殺対象だったときもあったのかもね」
「……えぇぇええええええ!?」
思わず声が裏返った。
あんこは、背筋がぞくりとした。
あのしろさぎ高校――かつての大手VTuber事務所で、いまは解散してしまったが…
そこからも、すでにこの事務所は人材を吸い上げていたというのか。
「まさか、火影って……しろさぎまで取り込んでるんですか……?」
あんこの呟きに、鷹見はさらりと「ええ」とだけ答えた。
その男社員はあんこをジロリと睨んで、こう言った。
「おい……お前を追ってたあいつ、しろさぎ伝説の暗殺者、シャチの野郎はどうした?」
その言葉に、あんこは目を細めた。
――ああ、行方不明扱いになってるんだ。
「あの人だったら、今は私たちと一緒にVTuberデビューしてますよ」
一瞬、沈黙。
男はぽかんと口を開けたまま固まっていた。
まるで電源が落ちた機械のように。
「……現場だったらこの間に殺されてるわね」
と鷹見がぼそり。
あんこは、スマホを取り出して、鯱鉾クロマル――シャチ女の配信動画を再生し、男に見せた。
画面の中で、クロマルは笑顔でリスナーに語りかけていた。
《おはようございます、クロマルです。今日も元気にがんばっていきましょう〜!》
男は言葉を失い、固まった。
「うそだろ……全然ちがうじゃねーか
……声は……同じだけど
……まぁ、数回しかしゃべってるとこ、聞いたことねぇけどよ……」
ぽつりぽつりと呟きながら、まだ信じられないようだった。
私たちも、人格矯正プログラム後のシャチ女を見たときは開いた口が塞がらなかったし、昔からの知り合いなら尚更だろう。
それを横目に鷹見は、あんこと日向を事務所の奥にあるガラス張りの会議室へと案内した。
ドアが閉まる直前、あんこはふと振り返り――
あの社員が、いまだ信じられない表情でスマホを凝視しているのが見えた。
その表情を見て、あんこはニタリと笑った。
ガラス張りの会議室に入ると、三人は自然と席についた。
窓際の長机に向かい合って腰を下ろすと、緊張と静けさが空間を満たした。
あんこは無意識に指を組み、日向はフードを深くかぶったまま視線を落とした。
鷹見は端の席に座り、膝の上に書類を載せた。
その鷹見が、先に口を開いた。
「まずは状況整理からしましょう。
日向さん、あなたが知っていることをすべて話してもらえる?」
真っ直ぐに向けられた視線に、日向は口を開きかけた――
「待ってください」
遮るように、あんこが声を上げた。
きつめの視線で鷹見をにらみつけた。
「……なんで、あんたが夜街さんの話を仕切るのよ」
険のある声色。
鷹見は少し肩をすくめたあと、穏やかな声で言った。
「それは……私が、夜街と昔からの知り合いで――」
言葉を切り、あんこのほうへ顔を向ける。
「……夜街が個人でプロジェクトを始めようとしていた頃、彼女の専属マネージャーをしていたからよ」
あんこは目を見開いた。
喉がひゅっと締まる感覚とともに、言葉を失った。
「えっ……?」
夜街の“元マネージャー”。
まさかそんな関係があったなんて。あの居酒屋の打ち上げのときに鷹見が突撃してきたときには微塵も感じなかった――
あんこの脳内は一気にざわついた。
鷹見は、静かに、けれど、どこか寂しげに微笑んでいた。
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