第42話 夜街が向かう先は真っ黒な闇!!

 スタジオへ戻る途中の人気のないカフェ。

 あんこは誰にも気づかれないよう、帽子を目深に被り、渡された書類ファイルを開いた。


 ページをめくるたびに、紙の擦れる音が、静かに心の奥を引っかくようだった。


 まず最初に目に入ったのは、夜街の家族構成に関する記録。


「……両親、死亡……?」


 思わず、小さく呟いていた。


 記載によれば、彼女の両親は夜街がまだ小学1年生の頃、とある観光地で発生したトンネル崩落事故に巻き込まれ、二人そろって亡くなっていた。

 事故の写真まで貼り付けられており、そこには悲劇の見出しが記されていた。


 心がじわじわと冷えていった。


 だが、それよりも気になったのは、兄の存在だった。


 《兄・天音 司(あまね つかさ)/現在の居所不明・生死不明》


 ――行方不明。


 一言で済まされたその事実に、胸が詰まった。


 ページをさらに進めると、今度は過去の生活状況に関する記録が現れた。


 それによると、両親を失った後、夜街は兄・司と二人きりで暮らしていた。

 兄は当時、まだ高校生だったが、妹を大学に通わせるため、自分を後回しにしながら、複数のバイトを掛け持ちしていたという。


 ――そして。


「……男性アイドルの……オーディション?」


 そこには、小さな新聞の切り抜きと、古びたデビュー写真が添えられていた。


 《新星ジュニアユニット「Ref☆light」デビュー決定》とタイトルに書かれ、右端に若き司の姿があった。


 頑張っていた。

 妹の未来のために、笑っていた。


 でも、そのわずか半年後。


 《Ref☆lightメンバーの一人・天音司、行方不明。警察が捜索中も手がかりなし》


 あんこは震える手でそのページを閉じた。


 記憶が蘇った。


 ――かつて、夜街が語っていた、一言。


『兄を探すために、VTuberになった。』


 その言葉が、今、この記録のすべてと重なった。


 夜街は、ただのトップVTuberでも、ただの暗殺者でもなかった。


 彼女は――ひとりの妹だった。


 心に、熱い何かがこみ上げてきた。


 続けて、あんこは一枚一枚、震える指で資料をめくっていた。


 そのページには、過去に"Ref☆light"と同時期、もしくは前後してデビューしたジュニアアイドルたちのプロフィールが並んでいた。


 端整な顔立ち、爽やかな笑顔、どこか無垢な目――しかし、そのどの名前にも共通して付けられていた注記。


 《活動休止》《芸能界引退》《消息不明》《事故死》《精神疾患による療養》


 まるで連なる墓標のようだった。


 一人、また一人。

 希望と期待に満ちていた若き才能が、表舞台から姿を消していっていた。


 ページが進むほど、胸が締めつけられた。

 そして、そこに――。


《Ref☆light 天音司:2018年春 失踪。以降、記録なし。警察による捜索打ち切り。》


 小さく赤字で記されたその一文が、あんこの心臓をえぐった。


「……これ……」


 もはや確信に変わっていた。


 夜街の兄――天音司は、この流れに飲み込まれ、“消された”のだ。


 あんこは机の上に書類を投げ出すように置き、口を抑えた。吐き気がした。


 この資料に名前が載っているだけでも、もはや“生存”という希望は、ほとんど意味をなしていないのかもしれなかった。


 彼女は震える声で呟いた。


「……この事務所……」


 資料のヘッダーに、金色のロゴが印刷されていた。

――ダンディーズ事務所。


 国内最大の男性アイドル事務所。

 広告塔も地上波も、ニュースも番組も、すべてこの名前で溢れていた。

 芸能界の頂点。だが、同時に、見えざる裏社会の頂点でもあるのだろう――そんな想像を、配信業の裏側を見てきたあんこはすぐにできた。


 スキャンダルが出ないのではない。

 出る前に、すべて“消されて”いるのだ。


 この半年間、VTuber業界でも同じような出来事があった。

 急な卒業、音信不通、アカウント削除。


 そしてそこには、**情報のもみ消しと暗殺が絡む、業界の“闇”**が確かにあった。


 そして今、あんこは気づいてしまった。


 夜街は、それを知っていて――

 それに一人で立ち向かおうとしていた。


「……夜街さん、あなた、ひとりで……」


 震える声で、あんこは呟いた。

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