第四部!?

第29話 企業系VTuber引き抜き専門事務所!?

 それから、季節は秋になり…


「カンパーイ!」


 みこ先輩の明るい声が、木のぬくもりを感じる個室の壁に反響した。


 秋の気配が漂う夜、ニジライブのメンバーは夏の運動会イベントの打ち上げとして、都内の個室居酒屋に集まっていた。

 各々、ゆるっとした私服に身を包み、緊張の抜けた笑顔を浮かべていた。


 テーブルには串焼き、揚げ出し豆腐、唐揚げ、枝豆、ポテトにシーザーサラダ。

 チューハイやノンアルカクテルがずらりと並び、そこには、まさに“打ち上げ”の名にふさわしい空気が満ちていた。


「アンコちゃん、あの赤チームの坂道でスライディングしたやつ、最高だったよ~!もはや芸人枠だった!」


「いや…ちがいますから!あれは…こけたんじゃなくて、演出…いや、事故……!」


 笑い声がこだまする中、園田が真顔でグラスを掲げた。


「わしは科学者じゃ! 敗因はあのフィールドの摩擦係数の異常さだと何度も……!」


「それで全員巻き込んだのアンタやん!」

と夜街がツッコミ、さらにテーブルは沸いた。


 そして話題は、結局イベント内PvP戦を強引に制して優勝を掻っ攫った夜街へと移った。


「てか、なんで夜街ちゃんだけキル数500超えてんの? 何そのバトロワ……」


「だって……“生き残る”って、そういうことじゃん?」


 サラリと恐ろしいことを言いながらチーズつくねを口に運ぶ夜街に、全員が引いたような笑いをもらした。


 そんな騒ぎのさなか──。


 ガラッ。


 突然、個室の扉が開いた。


「……!」


 全員が、まるで心臓が止まったかのように一瞬で静まり返った。


 そこに立っていたのは、スラッとした長身に、シルエットの綺麗なパンツスーツを着こなした女性。

 肩までの黒髪は艶やかに整えられ、表情は柔らかく、だが目には鋭さがあった。


 ──胸も、ちょうどよく大きかった。


 その洗練された佇まいは、私たちみたいなジャージ姿でキャッキャしてる女たちとは真逆の存在だった。


 (……え、なにこの人……)


 みこが、咄嗟に表情を引き締めて口を開いた。


「すいません……うるさかったですかね?」


 いつもの"にぇ"が、そこにはなかった。完全に社会人モードだ。


 だが、そのスーツの女はふわっと笑った。


「あなたたち、ニジライブの方ですよね?」


 その瞬間。


 ──背筋に冷たいものが走った。


 (まずい……)


 Vtuberとして活動する者にとって、リアルの顔と名前が紐づくのは命取り。

 ましてや、表に出していないオフの顔で、こんな風に名指しされるなど……最悪だ。


「ちょ、ちょ、ちょっと!!」


 あんこが咄嗟に立ち上がり、扉を閉めようとした。


 しかし、その女性はなんの躊躇もなく、扉の隙間に足を滑り込ませ──まるで自然な動きで、部屋の中へ入ってきた。


「あの、困りますよ!? ここ、個室なんで!!」


「ちょっと、通報しますよ!?」


 あんこが言いながら後ずさった。

 みこも園田も夜街も、それぞれに警戒心を抱いて、スッと背を伸ばした。


 この女……誰だ?

 なぜ、ニジライブだと知っている?


 そして、なぜ、こんなに強引なのか。


 部屋の空気が、一気に冷えた。


「まぁ、まぁ……」


 女は両手を軽く掲げるようにしながら、笑顔で制した。

 場違いなはずのその振る舞いは、むしろこの場の空気を掌握しようとすらしている。

 誰もが直感した──こいつ、只者じゃない。


「勝手に入ってきて、何のつもり?」


 夜街が、目を細めながら言った。

 普段なら軽口の一つも交えるが、今回は違った。

 あの夜街が、冗談を抜きにして本気で睨んでいた。


 女は、にこにことポーチから名刺を取り出すと、四人の前に差し出した。


「まずは、ご挨拶を。あなたたち、ニジライブの中でも、“暗殺部門”を担っていらっしゃいますよね?」


 その言葉を聞いた瞬間──。


 空気が凍りついた。


 あんこが椅子から立ち上がる音とほぼ同時に、園田はすでに手元のグラスを握り直し、投擲できる状態に入っていた。

 みこは目線をドアと出口に向け、逃走経路と追撃ルートを同時に確保。夜街は……静かに微笑んでいた。


 いつもと同じ、けれど、まるでナイフのような鋭さを孕んだ笑顔で。


 ──全員が、戦闘態勢に入っていた。


 だが、女は全く怯えなかった。

 むしろ、目を細めて微笑む余裕すらあった。


「いやいや、誤解なさらずに。

 私は戦闘員じゃありませんし、戦いに来たわけでもないですよ。ただ……ビジネスの話をしに来ただけです」


 その余裕。そして、その目。周囲を気にせず、 堂々と潜入してきたその動き──。


 この女、一般人じゃない。


 夜街が一歩前に出て、差し出された名刺を受け取った。

 視線を落とし、そこに書かれた名前と肩書きを読んだ瞬間──彼女の動きが止まった。


「……“引き抜き専門事務所”?」


 女の笑顔が、ぱっと明るくなる。


「そうです!企業系VTuberの方々の“個人勢への独立”を支援し、私たちはごく低いマージンでマネジメントや案件の橋渡しをしています。

 引き抜き専門事務所『火影』の代表、鷹見レイと申します!」


 名刺の片隅には、金箔で光るロゴが押されていた。


 それは、地下と表世界の中間を器用に生き抜く、“グレーな代理人”たちの間でささやかれる、噂の存在だった──。

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