第三部!!
第21話 秘密結社、初めての企業案件!!
シャチ女――Vネームすら与えられぬまま、あの女は、ただ黙々とスタジオに向かっていった。
けれど、それから、なにもなかった。
配信デビューも、告知も、ツイート一つすらなかった。
あんこは、最初こそ気にしていたものの、園田に
「ま、あのタイプは下積み長そうだよね」
と言われて、なるほどと思っていた。
確かに、無口で、感情の起伏も少なくて、そもそも話す気すらあまりなさそうだった。
配信者としては、致命的と言ってよかった。
あのスタジオの重たい扉をくぐっていったきり、彼女の姿を見たのは、二か月も後のことだった。
当時、それほどまでに時間がかかるとは――
あんこも園田も、全く予想していなかった。
それよりも、あの時のふたりは、自分たちのことで手一杯だったのだ。
なにせ、とんでもない事件が、すぐに起きたのだから。
その始まりは――
スタジオにて、練習をしていたあんこと園田のもとに、スタッフが駆けこんできた瞬間だった。
「ヨハネちゃん、こはくちゃん! 大ニュースです!」
そう言って、スタッフの女性は手に持っていたタブレットを高々と掲げた。
「企業案件です! コラボです! しかも、超大手です!!」
息を切らしながらも、満面の笑み。
その勢いに、あんこも園田も目を見開いた。
「えっ、マジで!?」
「ど、どこの企業!? まさか、ソ、ソシャゲ……とかじゃないよね!?」
「違います! もっとすごいです! 社名、聞いたら絶対叫びますよ!」
スタッフはワクワクしながら、二人の前にタブレットを突き出した。
そこに表示されていた社名を見て、
あんこと園田は――
同時に、叫んだ。
「えええええええええええええええええ!?」
スタジオに叫び声がこだました。
あんこと園田は揃って身を乗り出し、タブレットに映った企業名を凝視していた。
株式会社リオメナ
世界展開するお菓子ブランド"ファタリテ・キャンディ"で知られる巨大企業で、最近はデジタルコンテンツにも積極投資しているという。
「ちょ、これ……マジであのリオメナ!? うそでしょ!?」
「……こ、これは……ヤバい。えっ、私たちとコラボって、なにするの?」
スタッフは興奮を隠せない様子で答えた。
「新製品"ナナメドロップ"のプロモーション企画です!
告知配信、特設ブース、限定グッズの展開まで……。とにかくまずは、コラボ告知配信をやってくださいって!」
「告知配信……つまり、商品の宣伝を、配信で?」
「はい! でも、リオメナさんの広告展開がすごくて、VTuberを見ない層にも、広く広告が届くようにするそうです。テレビCMも入るって!」
「ま、まじか……」
あんこは目の前がクラクラした。
企業コラボなんて、いつかはやってみたいと思っていたけれど、いきなりこんな大手、それも、子供から大人まで知ってるような世界ブランドと来るとは。
その日のうちにリハーサルが行われ、翌週には収録兼生配信の予定が組まれた。
そして、配信当日。
「秘密結社AssaX 総帥、黒羽ヨハネだ……今日は、あのリオメナと手を組む……人類の甘味欲を、完全支配する……!」
あんこは、気合いを込めて、最高に悪役らしく宣言した。
園田も横でラボ風セットに立ち、
「本日、われわれは新たなる甘味兵器、『ナナメドロップ』を発明したわ。
君たちの味覚、ナナメにぶっ壊すわよ」
と今回オリジナルのメガネをクイッとしながらいった。
画面には、VTuberを知らない層でも楽しめるようなポップな演出と字幕、商品映像。
企業が全力を出して制作したことが伝わる、まるで地上波テレビのような完成度だった。
その配信は、再生数急上昇に乗り、X(旧Twitter)でもトレンド入り。
VTuberに馴染みのなかった層からも、「なんかよくわかんないけど面白かった」「あの総帥の子、クセになる」など好評を博した。
──そして、そんなある日。
あんこの母のもとに、その告知配信を見たという旧友から、こんな連絡が届いた。
「ねえ、あのキャンディの配信、たまたま見たんだけど……出てたあの子の声……うちの探してる子に、すっごく似てるの……」
母は一瞬、ピンと来たが、すぐに首をかしげた。
「声……?」
旧友は、スマホで配信の録画を再生しながら言った。
「この"ヨハネ"って子……うちのね、数年前に行方がわからなくなった娘ちゃんの声と、瓜二つなのよ……」
母の表情が固まった。
その一方で、当のあんこは、まだそんな話が回っていることなど露ほども知らず――
「ふふん! これで私の支配の布石は打たれたってわけね……!」
満足げに、リオメナとのコラボ配信を見返していたのだった。
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