第22話 VTuber、母バレして大パニック!!

 それから五日後。

 ついに、秘密結社AssaX×株式会社リオメナのコラボによるリアルイベントが開催された。

 

 会場にはVTuberファンはもちろん、それ以外の一般層も多く詰めかけていた。


「我こそは、甘味で世界を征服する者、黒羽ヨハネだッ!」


 ステージ中央、バン!という効果音とともにあんこ=黒羽ヨハネが現れ、会場の熱が一気に高まった。


「そして、我が研究で世界の味覚を制す! Dr.こはくだわ」


 園田=こはくが続けてクールに登場し、二人のやりとりに笑いが起こった。


「それでは今回は、このリオメナの新商品、“黒ナナメドロップ”と“黒蜜メテオフィナンシェ”を食べる権利をかけ、ゲームで対決してもらいましょう!」


 司会者の声とともに始まったのは、“カロリー頭脳バトル”。


 ヨハネとこはくが早押しでクイズに答え、どちらがより多く正解するかを競うというものだった。


 ──結果。


「やったーっ!! 勝利はこのDr.こはくのものだ!!」


「なにぃぃぃ!!」


 勝利したこはくは、堂々とフィナンシェを手に取ると、カメラに向かって満面の笑み。


「いただきまーす!」


 サクッとした音とともに、一口。

 そして、彼女は突然叫んだ。


「お、美味しすぎて……! 新たな発明がわいてきたーっ!!」


 そのテンションに、観客から笑いと拍手が巻き起こった。

 一方、負けたヨハネはふくれっ面で叫んだ。


「ちょ、ちょっと待てぇ! 部下は総帥にお菓子を分け与えるものだろうが!!」


「甘いのは君の思考回路だよ、ヨハネ総帥(笑)」


 掛け合いのテンポは抜群だった。

 配信で見せる以上に、生で観る二人のやりとりは観客に強い印象を残した。


 その後も、笑いあり、クイズあり、科学実験(という名のスイーツ紹介)ありと、イベントは順調に進行し──


 製品のPRも無事終わり、いよいよ終演の挨拶へ向かおうとしていた、その時だった。


「それでは、最後に! 今日だけのスペシャル味、“ヨハネの漆黒ナナメドロップ”を──」


 あんこが決め台詞を放とうとしたその瞬間だった。


「あんこーーーーッ!!!!」


 突然、ホールの空気が変わった。

 観客席の一角から、甲高い叫び声が会場に響き渡ったのだ。


「えっ……?」


 あんこは動きを止め、舞台裏のモニターからステージを見つめていた。

 声の主は、客席の前列中央、立ち上がった一人の中年女性。


 ──あんこの母だった。


「アンタ、その声……変な言い回しだけど、まちがいない……!

  あんこ、あんた、なんで……なんでこんなところで……!!」


 場内がざわついた。

 観客たちは何が起きたのか分からず、顔を見合わせていた。


「ま、まさか……あれ、本人? 配信者の……お母さん?」


「えっ、あの人……ヨハネちゃんと園田ちゃん、どっちのお母さん!?」


「えっガチ? 演出じゃなくて?」


 あんこは、ステージの裏、配信部屋のモニターの前で真っ青になっていた。


(うそ……なんで、来てるの……!?)


 スタッフが慌てて母を制止しようと駆けつけるが、母は泣きながら叫び続けた。


「帰ってきなさいよ!!

 あんた、あのときいなくなって……ずっとずっと探して……!!」


 あんこの視界が揺れた。

 何か、心の奥で、ギュッと締め付けられるような感覚がした。


「娘を返してぇええええええええええっっ!!!」


 会場に響いた母の絶叫は、あまりにも現実離れしていて、一瞬、観客たちは演出の一部かと錯覚した。

 だが、その声に込められた切実さと、スタッフに取り押さえられてなお叫び続けるその姿が、事態の異常さをはっきりと印象づけていた。


「お客様、落ち着いてください! 会場の進行に支障が出ますので――!」


 スタッフに確保されたあんこの母は、なおも腕を振り回しながら叫び続けていたが、無理やり奥へと連れて行かれていった。

 その一部始終を見ていたあんこの、足が小刻みに震えていた。


 (うそ……なんで……)


 配信中、キャラクターを演じている“はず”の彼女の口角はかすかに引きつり、視線は宙をさまよっていた。

 観客の視線が向けられていることも、今の彼女にはまるで感じられなかった。


「ヨハネちゃん……?」


 こはく――園田はすぐに異変に気づいた。

 その横顔が、あまりにも青ざめていたからだ。


(ダメだ、完全に動揺してる)


 園田は咄嗟に、配信の空気を変えるべく前に出た。


「ま、まぁ、Dr.こはく的にはね、さっきの絶叫から新たな研究テーマが生まれた感じありますけどね!

  “人間は美味しいお菓子を食べて、極度の感情に晒されたとき、どのような音域で叫ぶのか”ってやつ!」


 わざと大げさに振る舞い、声を張った。

 その言葉に一拍おいて、観客がクスリと笑った。

 なんとかなるかも、そう思った園田はさらに続けた。


「さあ、では改めて! 本日は“リオメナ”さんとのコラボリアルイベント、これにて終了です! 甘味の力で、君も私たちと一緒に世界征服を目指そう!」


「「「イエーイ!!!」」」


 観客が手を振り、拍手が起きる。

 園田の巧みな捌きにより、舞台はなんとか無事に幕を閉じた。


 ──舞台裏。


 あんこは、ステージが終わり、配信が終わった瞬間、力が抜けたように座り込んだ。


「……な、な、な、なんで……なんで、こんなところに……お母さんが……」


 震える指先で、自分の顔をそっと触れてみた。


「バレた……? バレたの……? ウソでしょ……?」


 声がかすれていた。

 目の前の景色が、ぐにゃりと歪んだ。


 まるで視界がゼリーの中に沈んだかのように、まともに見えなくなって、呼吸が薄くなっていった。

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