14 追跡

 僕を後部座席に乗せたあと、彼――三十代後半? くらいの男――は、僕の手に手錠の片方を掛けた。そのもう片方を、僕の隣に最初から置かれてる銀色の大きなケースの取っ手に絡めてから、もう片方の僕の手に掛けた。


 銀色のそれは多分ジュラルミンケースって奴だ。物すごく重い物を中に入れられているらしくて、ほとんど動かせない。

 僕を動けなくするためだ、これ。


 彼は、僕を乗せた側のドアをロック状態にして閉めた。

 気になって、運転席側の後部のドアのロックを見てみた。そちらは最初から閉まってたらしい。用意周到。先が見えなくなるほど。


 彼は運転席に乗り込むと、早速出発させた。

 この状況、やばすぎる。僕はどうなるんだ?

 どこへ行くんだ。

 とにかく、助けてほしい。隈射目くまいめならできる、きっと――、そう信じるほかないよね、こんなんじゃ。


 助かる。助かるはず――。でも僕自身は、ほかに何を考えればいいかも分からなくなってきた。全てが無駄なように思えて……。

 また何か起こるのか? どうにかなってしまうのか? 周りの人は?

 研究されるのか? 閉じ込められる? 死ぬの? 僕は――。


「やめてよ、こんなこと」

 泣きたいのを抑えながら言った。それが精一杯。


 対して彼は、てきぱきとだけど静かに、正確な動きで『変装』を解いていく。サングラス、マスク、帽子、付け髭……とにかく沢山の変装グッズを助手席に置いていく。

 そうしながら彼が僕に返事を。

「そんな風に言われてもやめない、やめるワケがない」


 冷たい声だった。

 あまりにも冷酷。口調、態度……さっきの脅しも。彼が悪だということを、ここにある全てが示してるように思えたよ。

 たまらず聞いた。「なんでこんなことするの」


 運転中だからか、逃げられる可能性を考えたからか、それともその両方か、彼は答えることを躊躇ためらったみたいだった。

 だけど、少し経つと。

「ある情報のために――俺は網を張ってる、最近はこの東京でだけだがな」


 この時、車はどこかの建物の地下へと入っていった。

 運転しながらの、彼の声。

「お前は健康診断を休んだはずだ」


 ――!! マギウトの話……!!


「だが、この辺のどの病院からもお前の情報が出ない。最近は食事量だって変わったはずだ。もっと大きな変化もあったはず。急な変化はなぜだ? 俺は探してたんだ、お前のような存在を、お前や警察が、俺に辿たどり着きやしないかと思ってな。だが見付からない、お前の診断をした人物の情報が」


 ――日本の影の組織・隈射目くまいめでやったからね、診断は。


「どこで診断された? お前には謎がある、お前はきっと俺と同じ――そう思って鎌を掛けた。あの夜、何かを操ったな? 本当にお前は同類だったワケだ。だが、このあいだお前を殺そうとした時、何度も人影を狙ったのにお前には当てられなかった。予想外だったよ。仕方なくその現場を別の方法で利用することも考えた。それで思い付いたのは犯人に仕立てること。少々俺にはデメリットもあったが、お前も力のことを誰にも、それこそ警察には話せないだろう、だから、この方法でお前の行動を制限できると考えた。逃げられちゃあたまらない……。逃亡すれば警察が動く、そうなればお前を探しやすい。警察も馬鹿じゃない、が、この不思議な力までは信じられないだろう。そして捕まったお前を殺すのは簡単だ」


 ――殺すのが簡単? そんな。


「だから写真を警察に届けさせ、『目撃したのが事実だ』と人を使って通報させた――のに、お前は捕まらなかった」


 ……少し間を置くと、彼はまた。

「あとはもう、俺自身が姿を見せてでも、暇を作って直々に殺しに行くしかない」

 言い終わると、彼はフッと鼻で笑った。


 僕を逃がさないぞってこと? それとも、こんなことにまでなるなんてな、ってこと?


 それにしても。

 僕や警察が辿り着くのを嫌がった? ということは。


「警察に追われるようなことをしたのか?」

 僕が問うと、彼は。「……人より上に立つのは、楽しくてしょうがない。ま、お前はそう思わないタイプかもしれないがな」


 追われるようなことをして、人の上に立っていると実感している――?


「何をやってるか知らないけど、ゲスなことはやめろよ。こういうことをやめるのは、あなたのためにもなる、そうでしょ? ねえ、自首しなくてもいいからさ、もちろん僕も誰にも言わない、言えない、分かってる。だからやめてよっ、ねえっ」


 説得を聞く奴だとは思えない。どちらかと言うと念のためかな。言わない訳にはいかないって思った。でも最後は焦っちゃった。


「ふっ、まあ大抵の人間はそう考えるだろうな、それも理解……いや、把握しているよ」

 彼は大きくうなずいた。

 そして。

「俺はそんな人間をいたぶったり、無力な人間の血の花火を見たりするのがどうしようもなく好きでね、ついやってしまう……。ただ、お前のせいでこんな力の持ち主がこの世に存在することが世間にバレるのは――特に警察にバレるのは――困るんだよ」


 なんて奴だ。

 血の花火? 言葉の意味はよく分からないけど、どう考えても怖過ぎる。


 何か言ってやりたくなったけど、僕が言葉を放つ前に彼が続けた。

「さあどうだ、お前は俺の秘密を知った、だが知って何ができる? 力を使えるようにはさせないぞ、お前は無力だ。それをみ締めるしかないちっぽけな存在だ。どうだ、おびえてみろ、……俺が喜ぶぞ? はははっ」


 彼が気味悪く笑った瞬間、車はどこかの地下駐車場を出た、入ったにもかかわらず、どこにも停めずに。……尾行をくためだったのかもしれない。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


右柳うりゅうくん、今どこです?」


 その声は、車内のエアコンの前のホルダーに設置しているスマホからのもの。スピーカーで話せるようにしているし、相手の声は、絶対に聞きらさないほどに大きな声で聞こえている。


 俺は焦りを覚えつつ運転していた。周りに気を配れるレベルで最大限に急がなければならないからだ、やることが多過ぎる。そんな中で答えるしかなかった。


「グランドパークマーケットの地下駐車場です! でも駄目だ、見失った! そっちはどうですか!」


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 右柳うりゅうくんに言われて、私は第一会議室にて、この部屋付属の電話を手にしました。機械工学研究室につながるボタンを押すと。「はい、こちら機械工の花井はない」そう言われました。部下の男の声です。


「花井くん、反応機を見て大樹だいきくんのサクラの位置を計算してください、今すぐ。彼は今、致されています」

「りょ、了解!」


 数秒後、この部屋付属の電話が鳴り、私が再び受話器を取りました。「はい」

「こちら花井です!」


 花井くんですか。さっき電話したばかりですが――と思って白髪をきながら耳に集中。しますと、花井くんの声は――

「あ、あ、あの……どういう訳か、反応が一つしかありません!」


 ――!? まさか、居那正いなまささんにも何かが!?


 その可能性を潰すためにも問う必要があります。

「居那正さんは今どうしていますか? まさかお体に何か――」

「違うんです」花井くんが否定。「今唯一映っているのが居那正いなまささんの反応なんです。つまり、大樹くんのサクラの反応地点が――居場所が――分からないんです!」

「そんな」

 心に絶望が染み渡る。そんな感じがしましたよ。

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