13-2 不安と車

 家に帰りついて、お母さんやお姉ちゃんの無事を見ると、ほっとした。

 お兄ちゃんもお父さんも無事だ。家は無事だ。それだけで嬉しい。


 いつもの夕飯や夜の習慣――これまで以上に熱を入れたマギウトの練習等々――を終える。


 あれは何だったんだ? 狙いも光も、何もかも。

 誰にも言わずに、謎だと思いながら寝た。



 テレビのニュースやこの地域のネット情報も気にしてたんだけど、結局あれはニュースにもなってなかった。

 あの三人は助かったのかな。それさえも分からない。

 に落ちなくて、胸がざわつく。


 あのパシャッとした光……、あれは、写真を撮られた、間違いなくそういう感じだった。だとすると、撮った奴はその場面の写真をどうしたいんだ?


 このことを組織・隈射目くまいめに電話で相談。檀野だんのさんにつながらなかったから国邑くにむらさんに。

 もちろん自分だけがいる部屋で、小声で。


 すると国邑さんは。「ちょっと私じゃ……。リーダーに言って案を練ってもらうよ。多分遠巻きに護衛を付けると思う、そう想定してた方がいいかもね」

「え、なんで遠巻き?」

「そりゃあ、さすがに大樹だいきくんを守ってるとか、ついて行ってることがバレると、大樹くんがおかしな立場に立たされると思うよ?」

 うーん。

 そっか、そういう時を考慮したら、確かに、近付き過ぎた護衛は駄目か。


 しばらくして、檀野さんから電話が。「君、警察に通報されてたよ、写真付きでね」

「ええ?」

 じゃ、じゃあ、そうやって僕を陥れる写真のためにあんな――。


 マギウトのことは警察に説明できない。警察が信じても、怪しいのは現場にいた僕。ほかに誰かがいた形跡はないし、武器を……どこかに隠したと思われたら……。救急隊員には顔を見られた……。


 目的は、警察の調査後、僕が捕まること? でもなんで。まあ実際には、隈射目くまいめの組織力が働いて僕の容疑は晴れてるけど。


 隈射目くまいめを知らない誰かが? 僕の『警察からの信用』をなくそうとした……?


「話を聞いたよ、護衛を付ける」

「お願いします」

「ああ」檀野だんのさんはそう言って通話を切った。



 不安な日々が続く。早く解決してほしい。このまま日曜日が来たらどうしよう、マギウト練習場に行きたかったけど、行くわけにもいかなくなった。っていうのは、もし缶と写真の奴――あれはもしかしたら一人の仕業ではないかもしれないけど――とにかくそいつらが僕を追っていたら、僕が本部に入ろうとした時、秘密組織の存在をこの犯人達に知らせてしまうことになり兼ねないからだ。


 くそっ……。家は危険か? 家はバレていないのか? そうであってほしいけど、バレてるかもしれない、使っている駅も知られてたし。


 できるだけ外出しない、自分を危険にさらさない、家族を一人にしない、どう徹底する……?

 色々と考えて、お母さんの買い物には付き合った。たまに周りを見ながら「これ持つよ」なんて言って。


 夕方頃、お兄ちゃんに忠告する機会があった。

「あまり、一人で外出しない方がいいよ」

 だけど肝心のお兄ちゃんは、

「ああ? 変なニュースでもあったか?……ま、大丈夫だろ」

 って、楽観的だ。というか何も知らないしそりゃそうか。


 つい何から何まで言いそうになっちゃう。

「でもっ、気を付けて……なきゃ、駄目だよ」

「うん? あー、んー、……まあ、そうだな。サンキュ」

「うん」

 危険が迫っているのは、確かに僕にだけかもしれない。

 でも。

 失いそうで怖かった。本当に色んなものを、失くすんじゃないかと。思わずにはいられないよ。


 土曜日はデートをするという約束がある。無下にはしたくないけど、護衛を気にせずにいられるかなあ。

 いや、誰かに狙われていることを意識せずにいられる自信もない。きっと周囲を気にしてしまう。


 なんでこんなことに。僕は今……殺されかかっている? 社会的に? 実際に、事実として殺される可能性だってある。そう思ったらまた一段と怖くなった。




 金曜日。

 明日の実千夏みちかとのデートは無事に済むのかな。不安はもっと増してる。

 体育の選択科目の柔道でも自分を鍛えたくなる。


「なあ、あのさ、いつもより張り切ってないか? なんかあったのか?」

 乱取りの最中、男友達の要太ようたがそう聞いてきた。

「別に」

 そう答えてから、足を掛けにいくと見せてん張り、要太の右そでを両手で持って背負うように投げた。


 それから、やっぱり答える気になった。

「実千夏にいいとこ見せようと思ってさ」言いながら立ち上がる。

 要太も立ち上がって。「なんかそういうのとは違う気がしたけどな。本気さが全然違うっていうか。気迫がさ、恋人に見せるそれじゃねえだろ。それに……勝てる気しなかったし」


 められてもどう返せばいいのか。

 僕が考えていると、要太ようたは。「やっぱり何かあんだろ」


 言う訳にいかないよ。

 でも、この本気さの理由として相応ふさわしいことを言えなかったら、何度も聞かれるだけ。どう言えばいい?


 ……ぐるぐる考えてから、ひねり出した。

「彼女ができてさ、もし誰かに絡まれたらって思うと、強くなきゃいけないと思ったんだよ。こういう技術をケンカに使いたくないけど、でも、やっぱり命あってのことでしょ? ケンカとか事故とかで、死んだら元も子もないし。ニュースとかでさ、怖い話を聞いたら、ちょっと気になっちゃってさ」

「そうなんか? それだけならまあ……いいけど」

 要太ようたは、首をひねりながら三回くらいうなずいた。


 そのあとは、もう聞いてはこなかった。

 代わりに。「ま、頑張れよ」そう言って僕の肩をポンとたたいた。

「うん」

 返事をしながら思ったよ、本当のことを言えなくてごめん、って。



 その夕方、実千夏みちかといつものように帰った。

 実千夏が鳥谷とりたに公園前の駅で電車を降りて帰っていく。それを見送ると、須黒すぐろ駅で電車を降りる。


 駅からの帰り道で、またあのニュースにもならなかった事件のことを考えた。あの三人はどうなったのか。気になってしょうがない……。

 その時だ。

 後ろから僕を追い越そうとした人……が実はそうではなく……僕の背に何かを突き付け、言った。

「友人やお前自身、殺されたくなければ一緒に来い」

 ゾッとした。

 なんでだ。なんで僕はこんな目に。

 僕ばかり。僕の周りばかり。

 周囲には被害者ばかり。あの三人だって死んだかもしれない、死んでないかもしれないけどそれを知る術もない。なんでそんなことばかり。なんで。


 短い時間にそう思うと、目に涙がまった。

「あんたがやったのか」

「質問するな、急いで乗れ、余計な真似はするな」


 こいつの車に乗らなかったらどうなるのか――なんて、きっと考えるだけ無駄だ。多分この状況では、今の僕にはほかに何もできない。ズボンのポケットにはシャー芯のケースを入れてはいる。そのポケットに手を伸ばしたらそれこそ僕の知っている人がどこで何をされるか。無謀なことはできない。


 何もできずに、急がされるまま、怒らせないために、静かに、僕は彼の車に乗った。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 俺は学校から帰る大樹だいきくんを見張って遠くから見守っておく役だった。だからその目で見た。


「大樹くんが誰かに。車に乗せられてる……!」

 イヤホンとマイクで本部と通信。「ナンバーを確認する」


 確認しながら思った。俺がもし飛び出して救うことになった時、大樹くんは俺を見て怖がらずに冷静でいてくれるか? あの時、同僚である鳥居とりいの隣にいた俺を、大樹くんは確かに見てるが――少しは自己紹介しておくべきだった――……!

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