第6話:とおせんぼさん

 頭がグルグル回るような気がして、ちょっと気持ち悪くなる。

 乗ったことが無いけれど、ジェットコースターってこんな感じかな?

 そうなら、ずっと乗らなくていいかも。


「はい、ついた」


 ソゾロさんの声がして、フワフワ、グルグルしなくなる。きっとソゾロさんの足が、両方地面にくっついたんだ。


「目を開けて、おりてごらん」


 わたし、なんだか目をつぶってばっかり。

 ちゃんと開けていられたら、すごい光景が見られたかもしれないのに。

 ちょっぴりくやしくなりながら、目を開けると、そこには学校も林もない。いつもなら車がたくさん走っている、大きな道路の真ん中にいた。


「うわあ、ホームセンターのちょっと前のところだ!」

「そうだよ。この先は、『とおせんぼさん』がいるから、ここまでしか来られないんだ」


 とおせんぼさん?

 ソゾロさんのだっこからおりて、指をさされた方を向く。

 ここもやっぱり右と左、色があべこべ。かん板も、全部反対になっているみたい。

 遠くを見ると、車が全然走っていない道路の向こうに、ずらっとかべのようなものがあるみたいだった。


 ジーッとよく見て、それがたくさんの家具なんだって気が付いた。


「わあ、なにあれ!」

「とおせんぼさんの家だよ。また大きくなってるなあ」

「あれが、家なの?」


 しょうがないんだから、とソゾロさんは小さいため息をついている。

 冷ぞう庫、せんたく機、こたつ、たんすに、あれってエアコン?

 かたほうに車が二列走れる広い道路。ぎっちりといろんなものが、つみ木みたいに重なって、どこも通れなくなっていた。


 この世界に車が走っていなくて、本当によかった!


「とおせんぼさんが、前に話したネコが好きなやつだよ。ここを通ってホームセンターに行くには、とおせんぼさんに好きなものをわたして『通してください』っておねがいしないといけないんだ」

「そうなんだ……。ネコちゃん、大切にしてくれるかなぁ」

「だいじょうぶ。物は大切にあつかうやつだから」


 本当かな?

 あんなに、いろんな物をつみ木にしているのに?

 ソゾロさんはニコニコしながら、とおせんぼさんの家に向かって歩き出した。わたしも、そのあとについていく。


 とおせんぼさんの家は、近づくととっても大きかった。

 あ、物を大切にするって、本当かもしれない。

 つみ木に使われている物はたくさんあるけれど、どれも新品みたいにピカピカだ。外に置いてあるのに、すなとかきずとか、全然ついていない。

 いろんな家具とか電気せい品があるのに、グラグラするような感じもしなかった。


「すごい、きれい……」

「ふふん。トーゼンよ。ワタシのおしろなんだもの」

「わあ!」


 いきなり、耳がキンキンするような、高い声が聞こえてきた。

 わたしがつみ木を見上げていた顔を前に向けると――なんと、すごく小さな女の子が大きなベッドにすわっていた!


 お父さんとお母さん、わたしがいっしょにねても、だいじょうぶなくらい大きなベッド。

 その真ん中に、ランドセルと同じくらいの身長しかない、女の子がいる。

 この子が「とおせんぼさん」かな。

 こんなに小さい子が、このかべを作ったの?


 わたしはきっと、おどろきで目がまん丸になっていた。


「やあ、ごきげんよう。とおせんぼさん」

「ごきげんようなの。オモテの子を連れているのね、ボウヤ。今日はなにしに来たの?」

「この先の、ホームセンターを使いたいんだ。とおしてくれるかな?」

「さあて。『おみやげ』しだいなの」


 わあ、なんだかオジョウサマみたい。おみやげ、ネコちゃんでだいじょうぶかな? たしかにかわいいけれど、リュックサックのおまけなのに。

 とおせんぼさんはフフンと笑って、ベッドの上からぴょんとおりた。


「さて、なにをくれるの?」

「まあまあ、あわてないでよ。ミツキ、あれを出してくれる?」

「は、はい!」


 ソゾロさんに言われて、リュックサックをおろすと、中からネコちゃんを取り出す。

 ちょっとだけ折れちゃった耳をなでてもどしたら、ネコちゃんをだっこして、とおせんぼさんに近づいた。


「まあ、まあ!」


 とおせんぼさんはネコちゃんを見ると、目をキラキラさせている。ラムネの中の、ガラス玉みたい。

 ネコちゃんがとっても好きなんだって、聞かなくたって分かった。


「とおせんぼさん、ネコちゃんがすごく好きなんだね!」

「大好きなの! でもでも。ネコさんは、オモテにしかいないの……」


 そうなんだ。好きなものが近くにないって、きっとすごく悲しいんだろう。


「ワタシ、オモテの物が大好きなの! テーブルも、ベッドも、食器もなの! ここにあるもの、全部ワタシが集めたのよ!」

「そうなの? でも、ネコちゃんはいなかったんだ」

「そう、そうなの! 物はオモテと、おんなじ形で出てくるけれど、人とか、ネコとか、犬とか。命があるものは、全然来ないの!」


 とおせんぼさんはシクシクと泣き出した。

 ぬいぐるみとかも、無いのかな?

 とおせんぼさんの家をよく見ても、フワフワしたぬいぐるみは、どこにも見つからなかった。


「だから、いつも鏡で向こうを見ていたの」

「鏡から、向こうが見えるの?」

「そうなの。でも、ネコさんが鏡の前を毎日通るわけじゃないの……」

「ネコちゃん、気まぐれ屋さんだもんね」


 とおせんぼさんは何回もうなずいて、わたしに両手をグーッとのばしてくる。


「ネコさんをくれるなら、ここはいくらでも通っていいの! フリーパスってやつなの! ホームセンターも、好きにしていいのよ!」

「とおせんぼさん、ネコちゃん大切にしてくれる?」

「もちろんなのよ! 毎日だっこして、なでて、ひとつ作らないの!」


 とおせんぼさん、すごくしんけんな顔をしている。

 わたしは、手の中のネコちゃんをじっと見て決めた。


「……じゃあ、あげる。ネコちゃんをよろしくおねがいします」

「わあい!」


 ネコちゃんをとおせんぼさんにわたすと、小さい手のひらで、しっかりつかんでくれた。

 とおせんぼさんは、ネコちゃんをぎゅうっとだきしめている。

 ランドセルサイズのとおせんぼさんと、筆箱サイズのネコちゃん。とってもに見えて、わたしはなんだか、うれしくなった。

 きっと、こんなに好きでいてくれる人のところなら、ネコちゃんはリュックサックにぶら下がっているより幸せだろうな。


「じゃあ、とおせんぼさん。約束どおり通しておくれ」

「ふんっ。ブシツケなボウヤなの! ちょっと待ってなの」


 もう。ソゾロさんったら、もう少し待ってあげてもいいのに。

 ちょっとおこりながら、ネコちゃんといっしょに、大きなベッドの上にもどったとおせんぼさん。


「ちょっと、はなれておいでなの。えいっ。――!」


 とおせんぼさんは、かけ声のあとに、耳がキーンとするじゅもんをとなえた。


「あれ、なんて言ったの?」

「なんだろう? 分からないけれど、とおせんぼさんがよく使う、物を動かすじゅもんだよ」


 ざんねん、なんて言ったのか、ソゾロさんにも分からないみたい。覚えたら、帰っても使えたかもしれないのに。

 この世界で生活するには、ソゾロさんのジャンプだったり、ちょんぎりさんのハサミだったり、一人一つトクベツなものを持っていなくちゃいけないのかな。


 ミシミシ、ギシギシ。

 ずしーん!


 大きな音を立てて、とおせんぼさんの家が動いていく。つみ木がぐぐーっと集まって、かべの真ん中が、トンネルみたいにぽっかりと開いた。

 えいがで観た魔法まほうみたいだ!

 ずっと動くところを見ていたいくらい!

 でも、きれいなトンネルができあがると、かべはすっかり動かなくなってしまった。

 仕方ないけれど、ちょっとざんねん。


「さあ、お通りなさいなの」

「ありがとう、とおせんぼさん!」

「こちらこそ、可愛いネコさんをありがとう。ずっと大切にするの!」


 とおせんぼさんなら、ネコちゃんは大丈夫だね。

 だっこしたネコちゃんといっしょに、手をふってくれるとおせんぼさんに見送られて、わたしとソゾロさんは、トンネルの中に入った。

 いろんな家具と、家電でできたおかしなトンネル。

 プールいっこ分くらいの長さの向こうに、色がおかしいホームセンターのかん板が見えてきた。

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