第5話:ちょんぎりさん

 学校は、元の世界だと白っぽい色をしていた。ところどころよごれていて、うすく茶色になっていたはず。

 でもこの世界の学校は、あい色の絵具を思いっきりぬったような感じ。よごれは、さくらの花びらみたいなピンク色をしていて、すっごく目立つ。


「うわあ、変な色……通いたくない……」

「そう? よごれはすぐ分かるから、おそうじがやりやすそうだね」

「そうかなあ」


 学校もやっぱり人がいないから、だれもおそうじ……してなさそうだけれど。

 近道だからって、ソゾロさんはだれもいない学校に入ると、校庭を通ってうら門の方に歩いて行く。


「さあ、こっちだよ」

「はあい……」


 わたしもついて行くけれど、だれもいない学校を歩くのって、ちょっとドキドキする。

 変な色をしているから、きもだめしみたいな感じがした。


「よかった、いるみたいだ」


 静かなうら門をぬけて林に向かうと、びっくり。

 草ボウボウで木もたくさん生えていた林が、とてもすっきりしているなんて!

 わたしのおへそくらいの高さで、木も草もスパッときれいに切られている。白い切りかぶがよく見えて、ゲームと同じなんだって、ちょっと感動しちゃった。


「おーい、ちょんぎりさん。いるかい?」


 また変な名前。

 ソゾロさんは、林だったところに向かって、なんども大声で『ちょんぎりさん』って人をよんでいる。


「おーい」

「はーい、いるよお」

「きゃあっ」


 のんびりした、おじさんみたいな返事が聞こえて、地面からむくっとだれかが起き上がった。

 おそうじで使う、青色のバケツを頭にかぶって、工事の人みたいな洋服を着た、大きい人。

 バケツに穴は開いていないのに、前が見えるのかな?

 大きい人は、わたしの身長と同じくらい大きなハサミを持って、のしんのしん、とソゾロさんの目の前に歩いてきた。


「おやおや、はじめましての子だねえ」

「は、はじめまして。ミツキです!」

「はい、こんにちはあ。ぼく、ちょんぎりさん」


 ちょんぎりさんはお父さんみたいに大きな手のひらで、わたしの頭をグリグリなでた。

 ちょっといたいな。


「ちょんぎりさん、おれたち、おねがいがあって来たんだ」

「そうなの? なにかなあ」

「切ってほしいものがあるんだよ」


 ソゾロさんの言葉に、ちょんぎりさんはジャキンッとハサミを一回鳴らした。

 わたしはびっくりして、ソゾロさんのせなかにかくれる。

 ちょんぎりさんは、さらにジャキンジャキン、とハサミを開けたり、しめたりすると、鼻をふすんっと鳴らした。


「どれかな、どれかな! ぼくに切ってほしいもの!」

「とても小さいものだよ。まわりにをつけずに、スパッとおねがいしたいんだ」

「まかせてえ!」


 ジャキン!


 もしかして、あの大きなハサミを使うの?

 ネコちゃん、ちゃんと無事かな。

 ちょっと不安になったわたしだけれど、ソゾロさんはあんまり心配していないみたいだ。

 わたしの方にふり向くと――。


「さあ、ミツキ。リュックサックをかしてくれる?」


 と、手をのばしてきた。


 本当に、本当にだいじょうぶかなあ?

 でも、こんなにかたいリングを切れるハサミなんて、わたしは知らないし……。

 わたしは結局、リュックサックをおろして、ソゾロさんにわたした。


「さあて。どこかな、どこかな!」

「これこれ。このリングをおねがいね」

「ようし!」


 ネコちゃんとリュックサックをつなぐリングを見たちょんぎりさん。いろんな方向からキョロキョロ見てみたり、リングをさわってみたり。


「オーケー! あそーれチョッキン!」


 え、もう切るの?

 するっと。大きなハサミの先っちょを、リングにくっつけたちょんぎりさんが、かけ声といっしょにハサミを動かす。


 シャキン! シャキン!


 ハサミがこすれる音が二回して、思わず目をつぶっちゃった。


「目を開けてごらん、ミツキ。ネコがとれたよ」

「ううーん、いい切り心地だったあ!」


 二人の声が聞こえて目を開けると、ソゾロさんの手のひらに、リュックサックから外れたネコちゃんが、ちょこんとすわっていた。

 首も取れていないし、ワタも出ていない。本当に、リングだけ切ってくれたんだ!


「すごい! ありがとう、ちょんぎりさん!」


 わたしはソゾロさんからネコちゃんを受け取って、思いっきりだきしめた。


「うふふ。役に立ててよかったよお」


 ちょんぎりさんは、バケツの下で、楽しそうに笑っているみたい。

 スパッときれいに切られて、Cの形になったリング。それはちょんぎりさんから、ソゾロさんにわたされる。


「ありがとう、ちょんぎりさん。さすがの切れ味だね」

「うふふふ。また切らせてねえ」

「いいのを見つけたら、持ってくるよ」


 満足そうなちょんぎりさんは、ずるずると大きなハサミを引きずって、林だったところにもどっていく。

 どうするのかな、と見ていたら、切りかぶと草の間に、またねころんでしまった。そうすると、もうわたしからは見えない。


 あそこで、ずっとねているのかな?

 この林も、きっとちょんぎりさんがジャキンと切ってしまったんだろうな。

 ソゾロさんはちょんぎりさんがねたところは、気にしないみたいだ。ふり向いて、わたしに、リングだった物を見せてくれた。


「これ、どうしたい?」


 どうしよう?

 Cになったリングは、切り口がとってもきれい。せっかく鏡の世界の人に切ってもらったから、持って帰ろうかな。


「もらってもいいの?」

「いいよ。もともと、きみのものじゃないか」

「じゃあ、ほしい!」

「はい、どうぞ」


 ソゾロさんからリュックサックも受け取って、ネコちゃんと、Cになったリングをしまう。

 もしかしたら、これがこの世界に来たになるかも!

 ニコニコしながらリュックサックをせおった。ネコちゃんの場所が変わったぶん、左が軽くなった気がする。


「ソゾロさん、今度はどうするの?」

「うーん。次の目的地は、ちょっと遠いんだ」


 ソゾロさんはまた地図を広げると、町のすみっこを指さした。となり町がすぐそこだ。


「ここって、ホームセンター? ちょっとじゃなくて、すっごく遠い!」


 わたしの家から、車で三十分くらいかかる場所じゃん!

 道がくねくねしているから、本当のきょりより長くかかるんだって、お父さんは言っていた。

 行くときはいっつも車で、あんまり行かなくてもいいように、お母さんはたくさん買い物をする。

 車の中を物でパンパンにして帰るのだ。


「そうだね、ミツキだとすっごくかも。でも、おれはジャンプができるから」

「ジャンプ?」

「そう。ちょっと、もったいないけれど……。ミツキもいっしょに、ジャンプしようね」


 なんのことだろう?

 ソゾロさんは地図をポケットにしまうと、ヨタモンさんから助けてくれたときみたいに、わたしをだっこした。


「え!」

「さあ、ジャーンプ!」

「ひゃあっ」


 ぴょーんと、トランポリンを使ったみたいに高くジャンプしたソゾロさん。

 わたしは目の前がぐるんぐるん回ってしまって、ギュウッと目をしっかりとじてしまった。

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