第3話 夢の中で

 京介と相棒のラムちゃんは洞窟内を彷徨っていた。ラムちゃんのお陰で何とか衣服と水分、食事を得ることができた。しかし、衣服も、食事も一時的なものだ。未だにここが何処だか分からない。京介は取り合えず洞窟からの脱出を考えていた。


「取り合えず、外があるのは分かった。でも、あの天井まではどうやっても登れそうにないな。」


 天井は遥か高く、切り立った崖のような斜面である。壁も苔むしており到底登れそうにない。流石のラムちゃんにもこの壁は難しいようで、ラムちゃんだけであれば張り付いて2,3m登っていくことが出来たが、上に行くほど壁が反り返り岩ごと崩落してしまった。


(ここはかなり脆い地盤に出来た洞窟なのか、よく見れば草木が生い茂った辺りは周囲に崩落のあとがある。ここは上の地面が崩落してのまま、植生が育ったのかもな)


「まあ、外が有ることが分かっただけでも気持ちが楽か」

「うーんそれにしたって取り合えず体を休める場所を探さないと」


 果物を取れるだけ抱えて京介とラムちゃんは探索を再開した。ラムちゃんは京介の肩周りを陣取り周囲を見渡している。彼自身、体力はある方だが慣れない環境で長時間体を酷使しているため疲労が隠せない。時折休憩しつつラム水(ラムちゃんが浄化した水)を口にしてはいるが、そろそろゆっくり休みたい時間である。


「ぷはぁ、水が旨~い、果物もほとんど食べちゃったし、落ち着ける場所を見つけないと」


 腹が満たされて眠気が襲ってきた。ゴブリンや他にも危険な生物が居るかもしれない環境下である。安全場所を見つけたい。壁に凭れかかり思案していると、ふと小さい頃の記憶が蘇った。


(そういえば爺ちゃんの裏山もこんな感じだったな…)


 京介が幼い頃、母の実家に帰省した際、普段は入らないように口煩く言われていた裏山に一人冒険に出掛けたことがあった。その山には戦時中の防空壕があり、危険だから近づくなと言われていた。


(行くなと言われたら行きたくなるじゃん...)


 幼い京介少年は両親たちの目を盗み、一人裏山に分け入っていった。山道もしっかりしており、散歩の延長位にしか考えて居なかった。そして、板で閉ざされた防空壕の隙間から、中に侵入してみたのだ。


 懐中電灯で照らされた洞窟内はガランとしていて特に面白くもなかった。


「何だ、何もないじゃん」


 何か秘密でもあるんじゃないかとワクワクしていた少年だが、期待を裏切られた気分だった。


「そうだ♪」


 少年は秘密がなければ秘密を作ればいいじゃんと考え、防空壕の壁を掘って秘密基地を作る準備をしに家に帰ろうと、防空壕の外に出ると、そこに待っていたのは般若の如く怒った両親であった。


「あの時はこっ酷く怒られたっけな…」


プル?


「なんでも無いよ」


 心配そうな様子で京介の顔を見つめるラムちゃんに、ほろ苦い気持ちを噛みしめながら優しくなで回した。


(あ、穴か)


「ラムちゃんお願いがあるんだけど」


 京介は物は試しと、ラムちゃんに壁に穴を掘れないか頼んでみた。


「なるべく固そうなところで、この辺か。ここをさ、こうやって少しずつ削ってみようか」


 石で人一人が入れるような大きさに印を付けながら、彼は体に鞭を打って、頑丈そうな壁を石で叩きつけた、しかし、


ガツン、ガッチィん


「はぁはぁ、だめだ少し削れる程度で穴なんか全然掘れそうにないや」


 そんな様子を後ろで見ていたラムちゃんは、京谷の前に位置取り、壁にビュニューっと張り付いた。


 シュウシュウシュウシュウ…


 少しずつラムちゃんの体に沿って壁が溶ける様に無くなり、次第に人が横になって休める程のスペースが出来た。


「わあ、凄いやラムちゃん、あんなに硬い壁をくり抜けるなんて」


 京介が穴に入っていくと、ラムちゃんの体からぺぺぺぺぺっと溶けた岩が吐き出され穴を覆っていく。ご丁寧に穴の上部に空気穴をあける職人技。これで窒息の心配も少なくなった訳だか、


「ほえー、ラムちゃん何者?ほんとに僕の愛玩具だった?」


 …この期に及んでまた、オモチャ呼ばわり。彼の生命線はラムちゃんに握られているのを理解しているのだろうか。


 プルプルプル♪


 …良い様である




----------------------



「じゃあ取り合えず休もうか」


 京介がラムちゃんにそう言うと、ズニュ~~っと地面に平べったくなるラムちゃん。鎌首を持ち上げてクイクイっと手招きする感じで京介を誘っている様だ。疲れていた彼は誘われるまま、ラムちゃんの上に体を横たえる。


 グニュン、プルン。


「はぁ~、自分のベッドよりも寝心地が良い」


 そんな彼を下から包み込むようにラムちゃんが覆う。さしずめ彼自身が彼自身であるかのように。


 そのまま、京介は夢の世界へ落ちていった。



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《…》

(ここは?)

《きょうすけ、京介…》

「っ君は?」


 誰かに呼ばれた京介は意識を取り戻す、目覚めた先は暗い洞窟とはうって変わって真っ白い空間だった。そこに声の主であろう彼女が居た。


「女の子?君は一体?」

「もー、京介は酷いです。いつもあんなに私に愛を注いでくれていたくせに、この私を忘れるなんてそんな薄情な奴だったとは…」


 真っ白で透き通るような少女は、肌とは対照的な真っ赤で大きな目をこちらに向け訴えてくる。所々赤いラインの入った白く長い髪を腰まで靡かせ、小振りであるがしっかり主張した双丘を弛ませながら近づいてくる。


「私の事本当に分からないの?こっちに来た時の影響かな?それとも頭でもぶつけたかな?」


 しなやかな腰を支える丸みを帯びた尻、そこから生えるムッチリとした長い足を京介に絡ませ、艶めかしい顔で京介を見つめると、


「はぁ~、思い出せないなら仕方ないか。私もまだまだダメそうだし、しっかり栄養補給しなくっちゃ!」


 見知らぬ美少女はそう言うや否や京介を包み込むようにまぐわい、京介の意識と溶け合っていくのであった。


「あはぁ、ご馳走様♡早くあっちでも会えるといいね。」

「君は…」



-----------------------



「ぁ」


 とても心地の良い夢であった気がする。京介は恐る恐る下を確認するが特に粗相をした様子はない。


(大丈夫だった。こんな環境でもそっちの元気はあるんだな)


 自分の体調は頗る良い様子。こんな危険と隣り合わせな状況であるが、若さであろうか、生存本能であろうか、いつも通りである。いや、いつもより元気かもしれない。


「うーんしょっと」


 伸びをしつつ体を観察してみる。背中の痛みもなく、ゴブリンにやられた足の傷も全く分からない程度に治っている。


「あの傷がこんなに早く治ったのか?」


 不思議に思いつつも体の調子が万全であるならば良しと。京介は体を動かす。朝の柔軟は日課であり、怪我を予防するためにも重要だ。


「なんだか体も少し軽いかな」


 こんな洞窟であるが最低限の衣食住を確保できた。それも全部ラムちゃんの頑張りのお陰だ。


「ラムちゃん、おはよう。昨日はどうもありがとう。」


 ベッドにまでなってくれたラムちゃんを労い、スベスベプニプニボディを撫でまわす。実にけしからん触り心地である。本来ならばこのまま性に耽ってしまいたが、


「まずは洞窟を脱出しなきゃな」


 ラムちゃんも昨日と同じように元気な様子。心なしか動きも素早く、滑らかに動いている。


(スライム体に慣れたのかな?)

 そんなことを思いつつ壁をラムちゃんに壊してもらい外にでる。


 周囲を伺いつつ外へ出てみるが危険なものは居ないようだ。ラムちゃんも周囲を見渡しているが特に反応は無い様子。洞窟内を慎重に進んでいくと、やや広い空間があるようだ、近づくにつれラムちゃんがブルブルっと震え始めた。慎重に中を伺うと、


『ギャギャギャギャ』

『ギャヤ』

『ギャーギャ』


 何と昨日襲ってきたゴブリンが3体も居るではないか、足元には血に塗れた物体が一つ、遠目ではあるが人のような形だ。


「あれは人か、三体に囲まれて」


 様子を伺っていると横たわった人の手がピクリと動いたようだった。


(まだ生きてる⁉)


 手には剣を握っているが、もうすでに振るう力も、そこから逃げる力も無いのかもしれない。京介はゴブリン一体に詰められた嫌な記憶を思い出す。ガタガタと体が震え足が竦む。死に直面した記憶が蘇る。


(ここでじっとしていれば気づかれないはずだ。それにあの人はもう…)


 京介に背を向けたゴブリン立ちが手に持ったギザ刃の剣を振り上げ止めを刺そうとしている様子だ。


(ダメだ、もうどうしようも無いんだ)


 見ないように、聞こえないように身を屈めてやり過ごす。これが最適だと





⦅京介や⦆


(…爺ちゃん?)


⦅生きていて本当に良かった。もうあんな場所に一人で行っちゃいけんからの⦆


 それは防空壕から出て両親に怒られたあと、爺ちゃんに言われた言葉だった…


⦅お前の両親も必死に探し回ったんじゃから。もう心配させちゃいかん⦆



----------------------



「うおおおおおおおーーーーーーっ」



 反射的だった。気が付いたら大きな声を出しながらゴブリンの背中目掛け駆け出していた。その声に気が付いたゴブリンは振り上げた剣をそのままに振り向く。持ち前の瞬発力を活かした低い姿勢からタックルは、剣を振り上げた一体の腰をがっちり掴み倒れこんだ。


 とっさに倒れている人の前に踊り出ると、武器を持たない2体がニタニタとした笑みを浮かべていた。まるで倒れた1体と、獲物が増えたことに喜んでいるようであった。



〜~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

続きはまた明日。

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