準備③
「ねえ、私もっと音成のこと知りたいんだ。教えてくれる?」
「え?」
指揮するために必要なことだから当然のお願いだと思ったんだけど、どうしてか音成は固まっちゃった。
「え……? なになに? 奏華ちゃん、もしかして音成くんのこと!?」
「うわぁ。奏華ちゃんのこと気にしてるのは律くんの方だと思ってたけど、もしかして奏華ちゃんも律くんのことを?」
しかもなんでか春ちゃんと雪くんが盛り上がってる。
何なの? 私、ヘンなこと言った?
「なっ、ど、どどどどういうつもりだよ、それ」
「いや、音成こそなに? どもり過ぎて面白いよ?」
なぜか音成も真っ赤になってるし。
私は眉を寄せて首をひねることしか出来ない。
「……」
「……」
「……」
明らかに一人だけ空気のちがう私を見て、三人はだまりこんだ。
「よくわからないけど……今やってることに関しては音成にも関係のあることだから、信頼関係っていうの? そういうの深めるためにはお互いのこと知っといた方がいいのかなって思ったの」
三人がどういうつもりだったのかはわからないけど、たぶん何かかんちがいしちゃってるんだろうなって思って説明した。
「なんだ、そういうことかよ……」
ちょっと目じりを下げた音成はなんだか残念そう。
でも、私の言いたいことは伝わったみたい。
「そっかー……でも、信頼関係を深めるためって、奏華ちゃんは音成くんの何を知りたいの?」
「え? えっと……」
ふつう演奏者のことを知りたいってなったらその人がどんな音を出すのかとか、どんなクセがあるのかってことになるよね?
この場合は何を知りたいってことになるんだろう?
どうしたらいいんだろうって悩む私に、雪くんがひとつ提案をしてくれる。
「とりあえず、もっと仲良くなるべきじゃないかな?」
「仲良くって?」
「うーん……名前で呼んでみる、とか?」
「名前? 下の名前ってこと?」
雪くんが考えて出してくれた案に、私はちょっとおどろく。確かに名前で呼び合うのは仲良くなった気はするかもだけど……でも、なんかちがうような?
私も思った違和感は音成も覚えたみたいで、うさん臭そうに眉間にシワを寄せていた。
「別にいいけど……それだけで仲良くなるもんか?」
イマイチやる気のなさそうな私たちに、春ちゃんが「まあまあ」と笑顔を浮かべる。
「いいんじゃないかな? とりあえず呼んでみようよ。わたしも音成くんのこと律くんって呼んでみるから」
自分も名前呼びしてみるからって明るい笑顔でうながす春ちゃんに、私は同じように音成を名前呼びしてみた。
「そう? じゃあ……律くん」
音成に向き直って名前で呼んでみる。
でもなんか、違和感っていうか……ムズムズするなぁ。
「……」
音成も私と同じようにムズムズするのか、眉間のシワが深くなった。
目つきもさらに悪くなって、ちょっとこわい。
「なんか、お前にくんづけされるとゾワゾワする。律でいいよ。俺も奏華って呼ぶ」
「ああ、そっか。律ね」
うん、今度はムズムズしない。なんだ、くんづけが違和感のもとだったんだ。
納得出来てひとりでウンウンうなずいていると、真正面にいた律の表情が少し柔らかくなる。
「まあ、これでお互いを知ることが出来たのかはわかんないけど……仲良くなった気はするかな? な、奏華」
「う、うん。改めてよろしく、律」
あ、あれ? なんだかちょっと胸の鼓動が早くなってる?
名前を呼ばれて、ドキドキして、ちょっと息苦しい。
この間みたいなカッコイイ笑顔じゃないのに、どうして私ドキドキしちゃってるの?
わからなくて、胸に手を当てながら何度も首をひねった。
「なんだかほほえましいねー」
「そうだねー」
いつもよりは仲良しに見える私と律を春ちゃんと雪くんが見守ってる。
「見ててじれったかったからこのまま仲良くなってくれれば――うっ」
でも、会話の途中で雪くんがちょっとつらそうに目を閉じた。
すぐとなりにいる春ちゃんが、心配そうに雪くんの顔をのぞき込んで声をかける。
「福雪? 大丈夫?」
「あ、大丈夫だよ。ちょっと耳鳴りしただけだから」
「うーん、やっぱりわたしの風邪うつっちゃったのかな?」
「なんだ、雪。体調悪いのか?」
片手で頭を抱える雪くんを律も心配する。
もちろん私も心配。だいじょうぶなのかな? って、雪くんの顔色を見ながら聞いてみた。
「春ちゃんの風邪がうつったの? でも春ちゃん、いつ風邪ひいてたっけ?」
「いつって、この間保健室にお世話になったでしょ? あのときの耳鳴りとか、症状が似てるみたいなんだ」
だからうつしちゃったのかも、って説明してくれる春ちゃん。
その話に、私は律と顔を見合わせた。
前に春ちゃんが保健室のお世話になったのは、トリトナスに取り憑かれていたときだ。
あの後春ちゃんはすっかり元気になったから、ただの風邪だったって思ったのかも。
でも今雪くんが同じ症状ってことは……。
イヤな予感に焦りがにじんでくる。
向き合った律の目も焦りをにじませていて、同じことを考えてるみたいだって思った。
そしてその考えは当たってた。
その日の放課後。
あまり人の来ない体育館裏に私と律を呼び出したルーが、トリトナスを見つけたと告げる。
「今トリトナスが取り憑いているのは、お前たちと同じクラスのフクユキという男子生徒じゃ!」
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