準備②
ルーがトリトナスを見つけるまでに、たぶんそんなに時間はない。
その間に少しでも曲の理解を深めておかなくちゃ。
そう思った私は、朝も夜も時間を見つけてはレイおじさんのピアノを借りて『運命』を弾いたり、オーケストラ用の楽譜であるスコアを読みこんだりと頑張った。
あと、レイおじさんに時間があるときは指揮するときの姿勢を見てもらったりもしたっけ。
そりゃあすぐにプロみたいになんて出来るわけがないけれど、積み重ねて勉強して、今度こそトリトナスを消滅させるんだ。
そして、指揮者の夢をかなえるんだ!
「奏華ちゃん、最近なんだかキラキラしてるね?」
「だよね? なんだか忙しそうにしてるけど、それ以上に楽しいって顔に書いてある」
昼休み、春ちゃんと雪くんにそろって指摘されて、私は「そうかな?」って顔に手を当てる。
「でもたしかに楽しいかも。夢に向かって頑張ってるって状態だから」
音成と話して色々吹っ切れたのか、今は楽しいって感情しかない。
マギ・ディリゲントとしてトリトナスを消滅させなきゃならないっていうのも大事なんだけど、その先の未来に向けて頑張ってるから。
「あれ? 奏華ちゃん夢見つけたの? この間宿題の話したときはないって言ってたのに」
「あ」
春ちゃんの言葉に作文の宿題があったことを思い出した。
そうだった、すっかり忘れてたよ!
「提出期限ってまだだったよね? いつまでだっけ!?」
あわてて聞くと雪くんが答えてくれた。
「来週だからそんなにあわてなくても大丈夫だよ」
「そ、そっか。よかった……」
ほーっと息をはいて安心する。
今まで宿題とか完全に忘れちゃうことなんて無かったのに……ここ最近色々あったからかな?
よく考えてみれば、マギ・ディリゲントやトリトナスとか。音楽にちゃんと向き合ったりとか。かなり目まぐるしかった気がする。
これじゃあ忘れちゃうのも仕方ないかも。
とにかく、提出期限までまだ時間があってよかったよ。なんて安心していると、春ちゃんに顔をのぞき込まれた。
「で、奏華ちゃんの夢ってなに? いつの間に見つけたの?」
「あ、えっと」
改めて聞かれて言いよどむ。
見つけたっていうか、元からあった夢をもう一度目指すことにしたって状態なんだよね。
それを説明するには両親が亡くなった話とかもしなきゃならない。
春ちゃんと雪くんには話してもいいかなって思うんだけど、ちゃんと話そうと思ったらどこから説明したらいいのかわからなくて……。
「えーっとぉ……」
視線をさ迷わせて言葉を選ぶ。
でもなんて話し始めればいいかなんてすぐには出てこないよ!
「もう、奏華ちゃん。秘密にする気?」
くちびるをとがらせて不満をあらわす春ちゃん。
秘密にするつもりはないから、とりあえずどんな夢かだけでも伝えた方がいいかな?
そう思って口を開いたんだけど。
「いや、秘密って程じゃないんだけど――」
「あ、ムリには聞かないよ?」
でも、私が話そうとした時点で雪くんが止める。
言葉をさえぎられて軽くおどろいた私は雪くんを見た。
雪くんはちょっと悲しそうにまぶたを半分落として、「ぼくも秘密だからね」って続ける。
最後の言葉がとても悲しそうだったから、どうしたのかな? って心配になる。
「雪くん? どうし――」
「おい、水谷」
悲しそうな雪くんに問いかけようとしたら、タイミング悪く音成に話しかけられちゃった。
もう、空気読んでよ。
ジトッと不満のまなざしを送るけれど、音成は気づかないのか自分の要件を話す。
「最近なんか色々やってるみたいだけど……そっちの準備は大丈夫なのか?」
オブラートに包むって言うのかな?
ハッキリした言葉を使わずにマギ・ディリゲントのことを聞いて来てるみたい。
「もちろん! そのために頑張ってるんだから」
「そっか、ならいい」
私の返事を聞いて、音成はちょっとだけ口端を上げた。
「わ、音成くん、笑った?」
滅多に笑わない人物がほほ笑んだからか、春ちゃんが目を丸くしておどろく。
私もめずらしいなって思ったけれど、もっとしっかり笑顔を浮かべているところも見たことがあるから春ちゃんほどにはおどろかない。
またあのときみたいな笑顔、見てみたいな。
見たら、ドキッとしちゃう理由がわかるかもしれないし。
そこまで考えて、そういえばって思い出す。
指揮するためには演奏者のこともよく知らないとないんだよね?
マギ・ディリゲントとしての私から見た演奏者って、あのタクトから出てきた光の楽器たちだ。
そのタクトを調律しているのは音成なんだから、音成のクセみたいなのも知っておくといいのかな?
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