私の宝物③

「……」

「……」


 あとに残された私と音成。

 なんだか気まずくて、無言になってしまう。

 ルーは私が音楽を好きだって言ったけれど、それでもマギ・ディリゲントとして指揮するのはやっぱりムリだと思うんだ。

 この際だからもう一回ちゃんと断ろう。

 私が音楽をキライだっていう理由を音成に聞かれたのは気まずいけれど、今なら納得してくれるかもしれないし!

 床に座ったままじゃあ話しづらいから、私は立ち上がって音成を見る。

 そして言葉を選ぶように話し始めた。


「えっと、さっきの話聞いてたんだよね?」

「あ、ああ。……その、盗み聞きして悪かったな」

「ううん、それはいいよ」


 気まずそうに首の後ろをかいてななめ下を向く音成を許す。

 ルーにも責めるなって言われたし、逆にある意味話す手間がはぶけたのかもしれない。


「でも聞いてたならわかったでしょ? 私、指揮をして楽しいって思っちゃったら罪悪感で手が止まっちゃうの。だからやっぱりマギ・ディリゲントにはなれないよ」

「……でも、音楽が好きなんだろ?」

「うん……好きだよ。でもだからこそ、キライ」


 私の音楽への思いを全部知った音成だから、本当の気持ちを伝えた。

 私は音楽が好き。

 ルーは私が音楽をキライって言うたびに音楽が好きだって思いを強く感じるって言ってた。

 その通りかもって思う。

 好きだけど、好きになっちゃいけないって思っているから。


「だから私じゃなくて他の人を探した方がいいと思うんだ。何ができるかわからないけど、探す協力はするからさ」


 トリトナスを消滅出来ないこと、悪いなとは思ってるんだ。


「……水谷は、本当にそれでいいのか?」


 私の提案への返事はしないで、背の高い音成はジッと私を見下ろして聞いてくる。

 私より十センチくらい上にある整った顔に見下ろされて、なんだか目をそらしたい気分になった。


「ルーは音楽と向き合えって言ってたじゃんか。マギ・ディリゲントになれないって答えは、向き合った結果の答えなのか?」

「っ!」


 自分でも無意識に目をそらしていた部分を突っ込まれて、言葉をつまらせる。

 ルーに向き合えって言われても、向き合うのが怖くて逃げようとしてしまっていたことに気がついた。


「……だって、私が好きな音楽は私の好きな両親をうばったんだよ? それに、両親との思い出は音楽のことばっかりなんだもん。音楽を楽しいって思うと、両親を思い出して……もういないんだって突きつけられるみたいで……」


 罪悪感だけじゃない。

 音楽を楽しむと両親との楽しい記憶を思い出してつらいんだ。

 大好きなお父さんとお母さんは、もういないんだって現実も見えちゃうから。


「私にとって、音楽と向き合うってことは両親の死と向き合うってことだもん。つらいんだよぉ……っ」


 音成の前で泣きたくなんかないのに、感情がたかぶってにじむ涙をおさえられない。

 いつもみたいにうんざりした様子で文句を言われるんじゃないかなって思っていた私は、伸びてきた音成の手が私の頭を優しくポンポンとたたいたことにおどろいて涙をピタッと止める。


「それは……つらいよな」


 沈痛な声って言うのかな?

 私の痛みに寄りそってくれるような、静かで、優しい声。

 普段の音成からは想像できない声と態度に、私は少し視線を上げて彼の様子を見た。


「大切なのに、もう会えない人のことを思うのは……つらいな」


 つり上がり気味の目を少し下げた音成は、私の言葉を否定しないでなぐさめてくれる。

 愛嬌あいきょうがあるって言われてる茶色の目が、優しく私を見下ろした。


「でもさ、両親との思い出が音楽のことばっかりだっていうなら……その両親とのつながりが音楽ってことでもあるんじゃねぇの?」

「え?」


 思ってもいなかったことを言われて、一瞬思考が止まる。

 お父さんとお母さんとのつながりが、音楽?


「両親がいなくても、音楽の中に楽しい思い出があるんだろ? なら、音楽はお前にとって大事なものなのは変わりないんじゃないか?」

「……」


 音成の言葉は、なんでか私の中にすんなり入ってきた。

 たぶん、それが事実だからだ。

 思い出すのがつらいから、さけてきた音楽。

 でも、本当はそこに宝物がたくさんつまってたんだ。


「それに、さ。両親をうばった音楽を楽しいって思ったからって、罪悪感覚えなくてもいいんじゃないか?」

「え?」

「お前の両親だって、自分たちのせいで娘が本当に好きなものをあきらめるなんて知ったら悲しいと思うぞ? ……オレだったら怒る」

「……それは、たしかに」


 お父さんもお母さんも私の夢を応援してくれていた。

 自分たちのせいで私が夢をあきらめようとしてるって知ったら、悲しむだろうことは簡単に想像できる。

 私、両親の死を乗り越えようと思って音楽をさけてたけれど……ただ単に向き合いたくなかっただけなんだ。

 両親の死も、音楽も。

 音成の言葉で、気づいた。

 つらいからってさけてきた音楽には、私の大切なものが全部つまってたんだって。


「あ、でもこれはオレの考えだから。水谷にとってはちがうかもしれないけど……」


 色々言い過ぎたとでも思ったのかな?

 音成は私の頭から手をはなして言い訳みたいなことを言う。

 でも。


「……ううん、ちがわないよ。音成の言う通りだ」


 答えながら、その声がふるえちゃう。

 悲しくて、つらくて、目をそらして。

 でも向き合ってみたらそれが一番大事なものだって気づいた。

 気づいたら、逆に今まで向き合わなくてごめんねって申し訳なくなったんだ。


「私、やっぱり音楽が好き……うっ、ふぅうっ……」


 もう涙をこらえきれなかった。

 目からポロポロとしずくがこぼれて止まらない。


「水谷……」


 音成は泣き出した私を面倒だなんて言わずに、またなぐさめるように頭をなでてくれる。

 その優しさがなんだかちょっと心地よくて……私は安心して泣き続けちゃったんだ。

 音成の言葉が、大切なものに気づくきっかけだったってところはちょっとシャクだけれど……。

 でも、今の音成はなんだか優しいから、いっかな?

 私はあったかい気持ちで、もうしばらく泣いていた。

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