私の宝物②

「はぁ、いつになったらあきらめてくれるんだろう?」


 毎日昼休み、音成に追いかけられて走るのにも疲れてきた私は図書室へ隠れることにしたんだ。

 ひと気は少ないし、本棚も多くて隠れやすいからね。

 でもいつまでこんなことが続くのかなって思うと気が遠くなる。


「ホント、私にはムリなんだからあきらめてくれればいいのに……」

「何がムリなんじゃ?」

「え!?」


 人の気配なんてしなかったの、にとつぜん声が聞こえて思わず大きな声が出ちゃった。

 あわてて手のひらで口をおさえて声の方を見る。

 すると、私のすぐ横にさっきまでいなかったはずの小さなライオンがいた。

 床にふせて毛づくろいしてるのか、前足をなめている様子はなんだか猫みたいで癒される。

 人語を話すライオン・ルーは、そのおじいちゃんみたいな話し方でゆっくり聞いてきた。


「追いかけっこはやめてかくれんぼにしたのかの?」

「だって音成、ムリだって言ってるのにずっと追いかけてくるんだもん」


 唇をとがらせてグチを言うと、私はそうだ! と思い立つ。


「ルーからも音成に言ってくれない? 私にはマギ・ディリゲントなんてムリだから、追いかけるのをやめてって。なんなら他になれそうな人を探すのを協力するからさ」


 出来ればもうかかわりたくないけれど、逃がしてしまったトリトナスをほうっておくのも気が引ける。

 だから、私以外でトリトナスを消滅してくれる人を探すくらいは手伝ってもいいかなって思ったんだ。

 私の提案に、ルーは二つの丸い目を真っ直ぐ向けてくる。

 見た目はかわいらしいけれど、なんだか少し威厳みたいなものを感じて私はだまった。


「たしかによく探せば他にも素質のある者はおるかもしれん。じゃが、ソウカがマギ・ディリゲントはムリだという理由もわからん。少なくともワシには、ソウカはマギ・ディリゲントとなるにふさわしい者じゃと思うぞ?」

「そんなことないよ。前回ルーも見たでしょ? 私じゃあ最後まで指揮できないもん」


 失敗したところを実際に見たのに、それでもふさわしいって言うルーに言い聞かせるように話す。

 はじめてだからとか、たまたまだったとかってわけじゃない。

 何度やってもきっと、悲しい気持ちがわいてきて手が止まっちゃう。


「その指揮できない理由をちゃんと聞かせてはもらえんか? 大好きなはずの音楽をキライだと言う理由を」

「話したら、あきらめてくれる?」

「それは聞いてみんと」


 にじみ出ていた威厳を引っ込めておどけたように言うルー。

 でもその様子はかわいくて、なんだか気を張っていたのがゆるんでいっちゃった。


「もう……でもまあいいよ。どうせ聞かないと音成を止めてもくれないんでしょ?」


 私はあきらめのため息を吐いて座り直した。

 体育座りをして、膝の上にあごを乗せて一つ一つ話し始める。


「たしかに、私は音楽が好きだったよ。将来の夢は指揮者だった。……でも、その夢を応援してくれてた大好きな両親が死んじゃったの」


 ルーが人じゃなくてライオン姿の精霊だからかな?

 今まで他人に話したことのない自分の思いをすんなり話すことができた。


「お父さんは指揮者で、お母さんはピアノ奏者だったの。だから私は生まれたときから音楽がすごく身近だったんだ」


 お母さんのお腹の中にいたときからクラシックを聴いて育った。

 もちろん今どきの流行曲とかも聴いていたけど、自然と耳に入ってくるのはやっぱりクラシックだったんだ。


「でも、そんな両親は海外のコンサートで演奏するために乗った飛行機の事故で亡くなってしまった。音楽のせいで死んじゃったんだよ? 音楽は、私の大事なものをうばったんだよ? だから、キライなの」


 ちょっと泣きそうになりながら、ふるえる声で最後は言い切った。

 一度大きく深呼吸をして、となりのルーを見る。


「マギ・ディリゲントとして指揮してたらさ、両親の命を奪った音楽を楽しいって思っちゃいそうで……罪悪感がわいて手が止まっちゃうの。きっと、また同じようになっちゃう。だから、私にマギ・ディリゲントはムリなんだよ」

「……そうか」


 静かに納得の声で相づちを打ったルーは、ゆっくりと四本の足で立ち上がり、フイッと本棚の陰の方に顔を向けた。


「そういう理由らしいぞ? リツ」

「へ?」


 なにを言ってるの? って思ったら、ルーが見ている方から音成が出てきた。

 はちみつ色の金髪をゆらして、ちょっと不機嫌そうにも見える表情。


「まさか、今の話聞いてたの!?」


 盗み聞きじゃない!

 非難するように声を上げると、ルーがふわっと浮き上がりながら私と向き合った。


「すまんな、ワシが言ったんじゃ。ソウカからマギ・ディリゲントになりたくない理由を聞き出すから、隠れて聞いておれと」


 だから音成を責めないでくれって言うルーは、私の目を真っ直ぐに見る。


「あとは二人で話し合って決めるといい。じゃがの、ソウカ……やはりソウカはマギ・ディリゲントにふさわしいとワシは思うぞ?」

「え?」


 今の話を聞いてもまだふさわしいって言うの?


「ソウカは音楽をキライじゃと言うが、キライと言うたびに音楽が好きじゃという思いを強く感じるのじゃ」

「っ!」

「じゃからソウカ。今一度しっかり音楽と向き合ってみてはくれんかの? ……音楽と向き合い自分を知ること、それはかつてワシも通った道じゃからな」

「あっ……」


 ルーの言葉にハッとして思い出す。

 そっか、ルーは精霊になる前はルートヴィヒ・ヴァン・ベートーベンだったんだっけ。

 ベートーベンは若くして病気がもとで難聴になってしまった。

 どんどん耳が聞こえなくなる中で、たくさんの名曲を作曲した音楽家なんだ。

 もしかしたら、音が聞こえなくなったことで音楽への向き合い方も変わったのかもしれない。


「まあワシが言えることはそれくらいじゃ。マギ・ディリゲントになるかどうかはソウカが決めることで強制はできん。リツも無理強いはさせるでないぞ?」

「……ああ、わかったよ」

「じゃあワシはトリトナス探しに戻るとしよう」


 話は終わったとばかりに、ルーは空中でくるりと一回転するとスゥッと煙のように消えてしまった。


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